サン・ルイ「ワイングラス:ティスル」シリーズのご紹介


こんにちは。
ブログをお読みいただきありがとうございます。

「触れれば刺される」、「触れないで」、「独立心」。
これらは、茎の先に大きな球形の総苞(つぼみを包んでいた葉)と、美しい紅紫色の筒状花をつけるアザミが持つ花言葉。

魅惑的な容姿でありながらもどこか近寄りがたい花言葉を持つアザミは、古来より西洋世界では特別な存在であったことは、以前にブログでご紹介させていただきました。
(詳しくはこちら
特にフランス北東部のロレーヌ/アルザス地方とは強い絆があることが知られています。
19世紀後半、勢力を拡大していたプロイセン(のちのドイツ)の宰相ビスマルクは、空位となったスペイン王位の継承者にプロイセン家の王子を強引に推挙。
しかし、当時のフランス皇帝ナポレオン3世はスペインの王位を継承することにより、プロイセンの勢力がスペインにまで及ぶことを警戒し、この動きに反発します。

ヨーロッパ全体で不安定な情勢が続いていたこともあり、ついに1870年。
フランスとプロイセンの間で普仏戦争が勃発しました。

戦争の結果、兵士数や機動力で圧倒していたプロイセン軍が勝利。
フランスは50億フランの賠償金に加えて、アルザス/ロレーヌ地方の一部を割譲するという屈辱を味わいます。

しかし、故郷を隣国に奪われたというこの時の辛い思いが彼らを奮い立たせたのでしょう。
その後、ガレやドーム兄弟らこの地にゆかりのある芸術家たちは、かろうじてドイツへの併合を免れたロレーヌ地方の都市・ナンシーを中心に、故郷への強い思いや愛国心、占領に抵抗する不屈の精神を表現した作品を積極的に制作。
その作品のモチーフには「独立」の象徴であるアザミが好んで用いられました。

ナンシー市の紋章

その後、ドイツ軍の第一次世界大戦敗戦により、アルザス/ロレーヌ地方はようやくフランスに返還。
抵抗と勝利の証としてアザミは現在、ナンシー市の紋章の中央に堂々と刻まれています。 

さて、今回ご紹介するワイングラスも、その誇り高き愛国心に共鳴し、敬意を示した作品の一つでしょう。
フランスで400年続くガラス窯「サン・ルイ」による作品です。

サン・ルイは、1586年に始まった歴史ある名窯。
ロレーヌ地方の小さなガラス工房として産声を上げたのち、1767年に当時の国王ルイ15世より、聖王と呼ばれたルイ9世にちなむ「聖ルイ=Saint-Louis」の名を贈られ、以降「サン・ルイ王立ガラス工房」を名乗るようになります。
さらに1781年には、鉛を入れた透明度の高いクリスタルガラスの開発にフランスで初めて成功。
事業は飛躍的に発展しました。

時代は下って、19世期末。
前述した普仏戦争などヨーロッパ列強の覇権争いが続いた時代のさなか、ヨーロッパの各都市でこの時期”万国博覧会”という催しが開催されました。
各国は、機械類などの産業品から美術・工芸品に至るまでをこの場に出品。
博覧会は、他国に負けない高い国力を見せつける格好の舞台でした。

また、この時期はアール・ヌーヴォー芸術が大流行。
エミール・ガレやドーム兄弟らが生み出した装飾的なガラス工芸品が高く評価され、ガラス芸術勃興の気運が高まっていました。

しかしガレは、ガラス工芸に対する評価の見直しと向上を喜ぶと同時に、ドイツやイギリスなど伸長する他国の技術に危機感を強め、1901年に「芸術産業地方同盟(通称:ナンシー派)」をナンシーで設立。
ナンシーに集う芸術家同士の結束を強め、展示会や講演会などを精力的に行ないました。

残念ながらガレは1904年に亡くなってしまいましたが、その遺志を継いだ大々的な展覧会「ナンシー派装飾美術展」がついに1908年3月。
ストラスブールにあるロアン城で開催されることになります。

そして、この博覧会への出品にあたり「サン・ルイ」が制作した作品こそが、本日ご紹介するワイングラス、「ティスル」コレクションだったのです。
ティスルとは英語でthistle、つまりアザミを意味します。
ナンシーを含むロレーヌ地方を発祥とするサン・ルイには、この展覧会へかける並々ならぬ思いがあったことでしょう。

「ナンシー派装飾美術展」の広告


その思いがつまった「ティスル」コレクションの特徴は、高貴な金彩の縁取りと、瀟洒なデザインにあります。 

口縁と台座の縁にまず金彩をあしらったのち、研磨剤をつけた銅製のグラインダーで模様を彫刻。
アザミの花や茎、葉を連ねたような、優雅でリズミカルな装飾が気品を生み出していますね。

続いて、ワインボウルの丸みを帯びた底部と、幾重にも伸びる直線が美しい側部をご覧ください。
これはそれぞれ、アザミの総苞と筒状花を模しているのでしょう。
斜めに削るベベルカット技法により、四方から美しい輝きを放っています。

さらに、グラスを持つステムにもご注目。
「触れれば刺される」の花言葉通り、アザミの茎には鋭いとげがいっぱい。
こちらもべベルカットで施されたギザギザした装飾によって、アザミのとげ、そして抵抗のシンボルを表現しています。

エレガントな美しさの中に強さも秘めた「ティスル」は、発表当時から大変な反響を呼び、誕生から100年以上を経た今も愛される人気コレクションの一つとなりました。

弊社では現在、この気高きシリーズの中から、各種ワイングラスと香水瓶をお取り扱い中。
フランスの戦いの歴史と芸術文化が融合した逸品です。

(R・K)