シャガールの信仰が生み出した、ランス大聖堂の光り輝くステンドグラス

こんにちは。
ブログをお読みいただきありがとうございます。

今月の吉祥寺店では、シャガール展を絶賛開催中です。
月初に行なわれた展示替えの際のこと。
壁一面にシャガール作品を掛けた途端に店内を満たし始めたのは、シャガールの織りなす夢幻の色彩。
さらに、そうした目に飛び込む色覚的な美しさだけにとどまらず、まるで周囲全体が神聖な空気に包まれたような、不思議な心地になりました。

この画家の生み出す作品たちは、キャンバスを超えてなぜこんなにも私たちの心にじんわりと浸透していくのでしょうか。
それはきっと、彼が創造した世界観には時代を超えて人の感性に寄り添う、普遍的な要素があるから。

だからこそ、劇場や大聖堂など長く歴史に名が残る、公共性の高い建築物の数々に、シャガールが託した生や愛への賛歌が今日も響き渡っているのです。

オペラ座 チチェスター大聖堂

本日はそうした建築物と融合したシャガール作品の中から、フランス北部の町に建つ大聖堂に、荘厳な光を放ち続けるステンドグラスをご紹介しましょう。

パリから電車で約45分ほど離れたランス(Reims)は、シャンパーニュ製造に適した土壌で知られる名産地。
多くのシャンパンメゾンがこの地にカーヴを構えています。

ランスは歴史的にも重要な場所であり続けてきました。
現在のフランス国家の基礎を築くメロヴィング朝フランク王国が一帯を支配した5世紀においては、初代国王クローヴィスが周辺諸国統一のため、この地で洗礼を受けキリスト教に改宗。

また、8世紀から19世紀にわたるまで歴代25人のフランス国王が町の中心に建つ大聖堂で戴冠式を執り行なっており、彼らの一人が、シャルル7世。
百年戦争中、英雄ジャンヌ・ダルクの活躍によりイギリスから王位を奪還したことで知られます。
ジャンヌ・ダルクもここで王の戴冠式を見届けるなど、ヨーロッパの歴史を見守り続けてきた崇高な場所。
ちなみに、藤田嗣治も君代夫人とともに1959年、このランス大聖堂でキリスト教に改宗しました。

神聖な気持ちを胸に、いざ大聖堂内部へと入ってみましょう。


フランス一の内部天井の高さを誇る身廊のその先。
聖堂に足を踏み入れた参拝者の誰もが目にする主祭壇の後方、後陣の最奥にはきらきらと紺碧に輝くステンドグラスが配されています。

ステンドグラス近くまで進んでみましょう。

聖堂内部のあちこちに灯されたろうそくの灯に魅入られながら、約140mの側廊を進むと、ようやくこの三翼のステンドグラスが姿を現しました。

制作依頼を受けたシャガールが、旧約聖書と新約聖書から選んだ主題とともに、ランスにゆかりの深い歴史上の聖者や賢者のモティーフを描き、地元の名ガラス職人チャールズ・マルク(Charles Marq)夫妻の協力により13世紀と同じステンドガラス技術を用いて仕上げられた、何とも美しい作品です。

左翼に刻まれた主題は、主に旧約聖書から。
上方の円窓が”預言者によるキリスト到来のお告げ”、長窓には”ハーブを奏でるヘブライ王国ダビデ王”、”サウル王の失脚”、”幼子イエスを抱く聖母”、”ソロモンの知恵”、キリストの王家からの血筋を暗示する”エッサイの樹”などが描かれています。

正面の主翼。
まず目を引くのが右上方の、磔にされたキリストの細く伸びる身体。
キリスト磔刑から復活までの一連の出来事に加えて、旧約聖書の重要人物であるアブラハムにまつわる題材が、その周囲をドラマティックに演出しています。

右翼に描かれたのは、代々のフランス国王が関わった歴史的事柄。
前述したクローヴィスの洗礼やシャルル7世の戴冠式に列席するジャンヌ・ダルク、また高潔で敬虔な人物であったとされる聖王ルイ9世の戴冠式など、ランスという神聖な地の特色を生かした、他では見ることのできない内容の一枚です。

このランス大聖堂の他、イスラエル・エルサレムのユダヤ教教会やイギリスのチチェスター大聖堂、ドイツの聖ステファン教会など精力的に教会建築への協力を続けたシャガール。
これほど多くの教会ステンドグラスに携わった芸術家は美術史上、他に類を見ません。

虹色に千変万化するステンドグラスの光が差し込む空間は、シャガール芸術の魅力が最大限に体現される聖域かもしれませんね。 

(R・K)