カメオ彫刻の歴史<後編>


こんにちは。
ブログをお読みいただきありがとうございます。

今月初めまで東京都庭園美術館では「メディチ家の至宝」展が開催されていましたね。
テーマは、ルネサンス文化の開花と発展に大きく貢献したフィレンツェの覇者メディチ家が代々蒐集した珠玉のジュエリーコレクション。
ルビーやサファイア、エメラルドなどまばゆいばかりの貴石がふんだんにあしらわれ、絢爛豪華なジュエリーに酔いしれた至極のひと時でした。

さて、カメオの歴史やメディチ家との関わりは先月のブログでご紹介しました。(詳しくはカメオ彫刻の歴史<前編>へ)
大衆が一度に鑑賞できるような大作絵画と違い、一般的なカメオはこじんまりとしたサイズが愛らしい個人で楽しむ小さな芸術品。
しかし、そこに刻まれた主題やモティーフは絵画と同じように、時の権力者や歴史神話との深い深いつながりがあるのです。

今回は美術展で公開されたメディチ家の秘蔵品と、当店の取扱作品をもとに、
カメオ彫刻の主題をさらに深く掘り下げていきましょう。



メディチ家所蔵品カメオ
「ヘラクレスの頭部」
制作年代:16世紀中頃
素材:カルセドニー(石)、金、多色七宝

古代ギリシャ神話の英雄ヘラクレスを象ったカメオ。
獅子を退治したり様々な試練を乗り越えた偉業から古来より、権力や強さの象徴と考えられてきたヘラクレスは、西洋絵画でもたびたび取り上げられる主題です。
特にフィレンツェでは都市の建設者ともみなされており、ヘラクレスが刻まれたカメオは高い人気だったことでしょう。猛々しく量感溢れるひげや目元の表現が秀逸な逸品。



弊社取扱作品カメオ
「バッカンテ」
制作年代:19世紀末  素材:ガラス、メタル合金

主題は、酒と演劇を司るギリシャ神話の神デイオニソス(バッカス)に仕える巫女バッカンテ。
よく見ると、酒(ワイン)を象徴する葡萄の髪飾りを頭につけています。
こちらの特徴の一つはフレンチジェットと呼ばれる、漆黒のカメオ。
19世紀初頭、夫の喪に服すため英国ヴィクトリア女王が身につけた黒いジュエリー「ジェット」は、ヨーロッパの他国でもファッションアイテムとして大流行します。
ジェットは本来、海底に沈んだ樹木の化石を原料としますが、この素材の入手が難しかったことからフランスで代用されたのが黒いガラス。以降、黒ガラスを素材にしたカメオはフレンチジェットと呼ばれるようになったのです。ガラスを素材にしたカメオの加工は大変難しいのですが、こちらのカメオはバッカンテのたおやかな表情まで繊細に施されていますね。



メディチ家所蔵品カメオ
「希望に犠牲を捧げる皇帝」
制作年代:2-4世紀
素材:オニキス(石)、彫金された金属

向かって左側に立つ女性は”希望”の擬人象。
このカメオの図像的意味はまだ完全には解釈されてないそうですが、恐らく戦陣に赴くローマ皇帝が勝利を願い、神殿で儀式用の皿を差し出しているところ。
中央の有翼の男児は、抱えた香箱から女性の前に刻まれた祭壇に香をくべており、祈禱を一層神聖なものへと高めているようです。



弊社取扱作品カメオ
「大鷹に変身したゼウスとテーベ」
制作年代:19世紀頃  素材:シェル

大鷹に変身したギリシャ神話の神ゼウスが、ベラとの愛娘ヘーべに不死の神酒ネクタルを与えてもらう様子が彫られたこの時期人気の主題。
若さと活力を担う女神であるヘーべは、神々の祝宴の席で酒をふるまうのが役目。
彼女はのちに英雄ヘラクレスの妻となっています。
大鷹の羽のリアルな質感と量感とともに、ヘーべの柔らかな表情と優しく大鷹を包み込むような繊細な手の彫りが見事なカメオ。



メディチ家所蔵品カメオ
「3人のアモルを伴うヘルマフロディトス」
制作年代:16世紀末から17世紀初め
素材:カルセドニー(石)、金、多色七宝

ギリシャ神話の両性具有神ヘルマフロディトスが木の下で横たわる様子を描いたカメオ。
ヘルマフロディトスは幸運の象徴と捉えられることもあり、性別を超越した神性な存在への賛美を表現しているのでしょうか。
葦笛を奏でるキューピッド(左)、葉の扇で風を送るキューピッド(中)、そして竪琴を鳴らすキューピッド(右)がヘルマフロディトスを眠りに誘う様子が愛らしいですね。



弊社取扱作品カメオ
「三美神とマルス」
制作年代:1850年頃  素材:サードニクスシェル、9金

右端に刻まれたのは子を抱き椅子に座る軍神マルス、その傍らで竪琴を奏でる愛の神ヴィーナス。
そして、竪琴に合わせて三美神が優雅に踊る様子が彫られてい ます。
左端には松明を持つキューピッドも見られ、神々が集うシーンを舞台にした珍しい逸品。
足元には愛の象徴でもある薔薇の花が丁寧に彫られ、作品にアクセントと柔らかみを与えています。


 
約5000年前の太古にまでさかのぼるカメオのルーツ。
時には天災から身を守り豊穣を祈るための護符であり、また時には富と権力を象徴する宝飾品・・・
時代の背景とともに、存在意義や目的を変えながら、現代では女性の装身具として愛されているカメオ。

繊細で緻密な細工を眺めているうちに、思わず悠久の歴史に思いを馳せてしまうような・・カメオはさながら奥深き小宇宙のようです。
今回は2回にわたりカメオ彫刻の歴史をご紹介いたしました。

カメオ彫刻の歴史<前編>はこちら

(R・K)