極小細工が美しいマイクロモザイクの世界


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ブログをお読みいただきありがとうございます。

数年前の思い出になりますが、当時よく訪れた美術館の一室の壁には3m四方程の大きな作品が常設展示されていました。
一見織物のように思えるその作品は、よく見れば小石が敷き詰められてできたモザイク画。
5世紀頃に制作されたもので、トルコ郊外の町にあったお屋敷の”床”の一部だったそうです。
自然石のみを用いて表現された作品の出来栄えに驚嘆したことを今でもよく覚えています。

モザイク画

何故、中東トルコの屋敷跡でこうした床装飾のためのモザイク画が発見されたのでしょうか。
本日は、モザイク美術に秘められた奥深い歴史とその発展に迫っていきます。

アレクサンドロス大王

まず、「モザイク」とは石やガラス、貝殻などの小片を寄せて作る絵または模様のこと。
その起源は紀元前3世紀頃にまでさかのぼり、現在のマケドニア付近で発祥したと言われています。
東方遠征で知られるアレクサンドロス大王の故国でもあったこの地域には、豊潤な美術文化を育む土壌が古来よりあったのでしょう。
大王の有名な壁画もモザイクでできています。 


その後、勢力を拡大した古代ローマ帝国がマケドニアを含む地域を次々と制圧。
属州とした国に伝わる土着の文化を吸収・融合していった古代ローマ人たちは、マケドニア地方の美しいモザイク画に魅了され、住居の床をモザイクで装飾し始めました。
特に身分の高い貴族の住居などに好んで用いられ、素材も大理石やテラコッタなど様々。
つまり、美術館で見たモザイク画は当時トルコ一帯を征服したローマ人の貴族や役人の邸宅を装飾していたと考えられています。

サン=ヴィターレ聖堂

こうしてローマ帝国の領土へ広がったモザイク美術。
やがてビザンツ帝国の時代になると、主に教会や聖堂などキリスト教建築の内部装飾に用いられ、全盛期を迎えます。 

ビザンツ様式の美術が花開いたこの時代には、イタリア・ラヴェンナにあるサン=ヴィターレ聖堂やトルコ・イスタンブールの聖ソフィア大聖堂など数々の優れたモザイク壁画が生み出されました。


その後、フレスコ壁画が隆盛したルネサンスの時代になると、モザイク画は一時衰退。
しかしこの頃、カトリック教会の総本山があるバチカン市国では、建立から1000年が経ち老朽化した聖ピエトロ大聖堂の大規模な改築工事が始まり、その内部装飾には多くのモザイク画が取り入れられました。

ところが、120年をかけて1626年に完成した大聖堂の祭壇などに描かれた油彩画が早くも劣化。
そこで、堂内を飾るこれらの絵画を光や湿度などにも強く耐久性に優れた「モザイク画」へと替える計画が発起されます。

聖ピエトロ大聖堂 内部のモザイク


現在の大聖堂祭壇を飾るラファエロの「キリストの変容」も、実はこの計画の一環でモザイク画となったもの。
原画である油彩画は隣接するバチカン美術館内に今も収蔵されています。

さて、35点以上に及ぶ堂内の全ての油彩画をモザイク画に変更せよとの命を受け、1727年に「バチカンモザイク工房」が設立。
この一大事業にあたり腕利きの職人が数多く集められました。
しかし彼らは計画が完成すれば同時に職を失ういわば期限付きの労働者。
事業が終了した後も稼ぎ口を得るため、何か別の形で利益を生み出せないかと考えた彼らは、建造物の装飾ではなく、持ち運びのできる小さな作品にモザイクを施す新しい試みを始めたのです。


例えば、ブローチやピンなどのジュエリーとして。
あるいはサイドテーブルの卓面や小さな絵画などお部屋の調度品として。
彼らのアイデアにより始まった小さなモザイク美術「マイクロモザイク」は、身近な生活の中で楽しめるアイテムとして徐々に人気を呼び、特に18世紀から19世紀にかけて大流行しました。

そのブームに拍車をかけたのが、当時流行していた「グランド・ツアー」です。
これは学業を終えたイギリス人貴族の子弟らがヨーロッパ各地を巡遊する個人旅行のことで、彼らの一番の目的はさらなる教養を身につけるため歴史・芸術関係の文化に直に触れること。
中でも世界遺産や古代遺跡の多いイタリアは、一番の人気先でした。

この時に、絵画やポストカードと並んで彼らが持ち帰った人気の土産品が「マイクロモザイク」。
モザイクで作られた古代遺跡の残る街並みや牧歌的な風景が特に好まれたそうです。
旅の思い出にと異国で求める土産物の文化はいつの時代も変わらぬものですね。

最後にその技法を簡単にご紹介しましょう。
マイクロモザイクの素材は、エナメル顔料を加えて熱し、長く引き伸ばした棒状の色ガラスで、顔料の配合によりその種類は千差万別。

まず土台となる金属や石の上に特殊な樹脂を塗布し、その後、色ガラスを好みの大きさに細断したガラス片(テッセラ)をピンセットで一つ一つ慎重に置きながら美しい図柄を組み立てていきます。
最後にテッセラの隙間をろうで埋め、モザイク片を固定させたら完成。


作業の様子(AJU HPより)

時には数千ピースにも及ぶ緻密で気の遠くなるような作業を繰り返すことで比類なく美しい芸術作品が生まれるのです。
それぞれの時代のニーズに応じて発展を遂げてきたモザイク美術。
マイクロモザイクは見た目の美しさはもちろんのこと、手に取れば、積み重ねられた数千年分の歴史と職人たちの誇りがずっしりと伝わる芸術品です。

その重みを味わいに是非、ギャルリー・アルマナック吉祥寺までお越しください。
色とりどりのアンティークマイクロモザイクジュエリーをご用意してお待ちしております。

(R・K)