藤田嗣治挿画本『魅せられし河』

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“Enchanté<アンシャンテ>!” というフランス語、ご存知でしょうか?
「はじめまして」と訳されることが多いのですが、元々は “うれしい” あるいは “魔法にかかった” という意味があるそうです。
お会いできてうれしい、あなたに魅了されました、という初対面の挨拶、なかなか素敵ですね。

藤田嗣治が手掛けた挿画本の最高傑作とされる『魅せられし河 La rivière enchantée<ラ・リヴィエール・アンシャンテ>』は、ルネ・エロン・ド・ヴィルフォス(1903-1985)が文章をしたためました。

エロン・ド・ヴィルフォス家の祖先には、古く15世紀から要職に携わる者や学者などが多くいました。

ルネの父アントワーヌ(1845-1919)は、ルーヴル美術館に所属し、ギリシア・ローマ彫刻部門を担当した考古学者で、古代ラテン語碑文の研究などで知られます。

父に倣い、古文書学の道に進んだルネはパリの歴史について深く研究しました。
プティ・パレやイル=ド=フランス美術館の学芸員を務めたルネがセーヌ右岸について、その歴史と魅力を余すところなく綴った『魅せられし河』。

タイトルの “La rivière enchantée” はセーヌのことではなく、サントノレ通り~フォーブール・サントノレ通りを河に見立てた言葉です。

「フォーブール・サントノレの子供である私は幾度となく、洗礼を受けたあとサン・フィリップ・デュ・ルール教会に続く道を歩きました。この教会で両親は1889年に結婚式を挙げたのです。(中略)この故郷の楽園で、私は自分の街への愛、上質、歴史、人生への愛を汲みだしました。みなさんが私の小舟に乗って、私と一緒にこの魅せられし河を下ってくださることをうれしく思います。」(本文 P.56より)

本文に挟み込まれたフジタの挿絵ひとつひとつにも、パリが包容するさまざまな人生が垣間見えます。

「マリニー座」

「マリニー座」は1894年にオペラ座を建築したシャルル・ガルニエが設計した円形劇場。
舞台にいるのは名優ジャン=ルイ・バロー(1910-1994)でしょうか?
ちょうどこの頃マリニー座と契約していたという記録があります。

現在も演劇やコンサートなどが行われていますので、気になる演目があれば足を運んでみたいですね。

「シャルパンティエのオークション」

「シャルパンティエのオークション」
フォーブール・サントノレ通り76番地の邸宅を美術収集家ジャン・シャルパンティエが購入し、自分のコレクションを公開するギャラリーに設え、オークションも開催していました。
右側にジョルジュ・ルオーらしき絵画が見えますね。

今はサザビーズが事務所を構えているというのも縁を感じます。

1950年、ようやくフランスへの帰還が許されたフジタにとって、パリは残りの人生を捧げるのにふさわしい地であり、そのパリへの郷愁にも似た深い情感が26点の銅版画で表現されています。

先祖代々、フランスの政治や文化に関わってきた家系を継ぎ、首都パリを最も熟知しているルネ。
1920年代の“エコール・ド・パリ”を牽引し、「世界の果てからも、常にパリを想って」*きたフジタ。

*1950年3月23日 ル・フィガロ紙 美術評論家 アンドレ・ワルノによる記事見出し

ふたりの類稀な才能が集結した本書は、今も変わらないパリの魅力を最大限に伝えてくれます。

今現在もパリは世界中から愛され、その観光客数は世界一。
初めてパリに出掛ける方はもちろん、何度も訪れている方も新たな「アンシャンテ!」を見つけていただきたいと思います。


現在弊社軽井沢店では「レオナール・フジタと魅せられしパリ展」を開催中。
紅葉狩りにお出かけの際などに、お立ち寄りいただければ幸いです。
詳細はこちら

(K・T)