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ラウル・デュフィ 「赤と青の花」
ラウル・デュフィ 「赤と青の花」
ラウル・デュフィ 「赤と青の花」
ラウル・デュフィ 「赤と青の花」
ラウル・デュフィ 「赤と青の花」
ラウル・デュフィ 「赤と青の花」
ラウル・デュフィ 「赤と青の花」
ラウル・デュフィ 「赤と青の花」
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ラウル・デュフィ 「赤と青の花」

Fleurs rouges et bleues

ビアンキーニ=フェリエのテキスタイル
Dessin textile pour Bianchini-Férier
  

技法水彩(グワッシュ)
  
制作年1920年代
  
サイズ55×42 cm(画)/ 85×72 cm(額)
  
レゾネNo.
  
状態良好
  
備考 スタンプサイン
購入数

DB-010508
Web価格 : 1,980,000
創業38周年記念特価 :

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ラウル・デュフィ 「赤と青の花」
ラウル・デュフィ 「赤と青の花」
ラウル・デュフィ 「赤と青の花」
ラウル・デュフィ 「赤と青の花」

作品解説

ビアンキーニ=フェリエ社のためのテキスタイル画
Dessin textile pour Bianchini-Férier

 
1912年、デュフィはリヨンの絹織物会社ビアンキーニ=フェリエ社と契約し、テキスタイル部門のアートディレクターとしてデザインを手がけました。同社の技術水準は非常に高かったため、デュフィはデザインと布地の研究に専念することが出来ました。 この時期、デュフィは衣服用および家具用の織物にプリントするために、多くのデッサンやグワッシュ画のコンポジションを制作しています。布地はポール・ポワレにも提供され、ポワレのドレスやマントなどの重要な要素となりました。

これらのデザイン画は元々は芸術作品として制作したものではないため、直筆のサインは入れられず、同社にて保管されていました。代替わりがあった際に大々的な仕分けが行われ、デュフィ作品鑑定人、ファニー・ギヨン=ラファイユ氏がデュフィ作と鑑定したものにスタンプサインが押印されました。



※ビアンキーニ=フェリエ社 La maison Bianchini-Férier
1888年に設立された婦人衣服および家具用高級織物の制作および販売会社。
アテュイエ、ビアンキーニ(ビアンシニ)、フェリエの3者によってパリで創業。(現在の所在地はリヨン)
その製品の品質と独創性は非常に高い評価をうけ、1900年パリ万博のグランプリを筆頭とする多くの賞を受賞します。

 

略歴

ラウル・デュフィ Raoul Dufy (1877-1953)

フランスのノルマンディー地方の港町ル・アーヴルに生まれる。市の奨学金を受け、パリの国立美術学校へ。マティスの色彩に衝撃を受けフォーヴィズムに傾倒。1910年、アポリネールの『動物詩集』の木版挿画を制作。1911年、服飾デザイナー、ポール・ポワレと知り合い、織物のデザインを開始。1912年、高級織物会社ビアンキーニ・フェリエ社と契約し、テキスタイル部門のアートディレクターに。1928年、ドーヴィルで競馬やレガッタのシリーズに着手。1937年、パリ万博の為の壁画「電気の精」を制作。1940年、ドイツ軍のパリ占領後、南仏へ避難。1953年、死去。 デュフィは透明感のある色彩と軽やかな筆触で音楽、海、馬、花々…など様々なモチーフを描いた。また、本の挿絵、舞台美術、テキスタイルデザイン、タペストリー、陶器など多数のジャンルで傑作を残している。



技法解説