NYアート界に生きた女性画商ヘスター・ダイヤモンドの型破りな生涯

 

サザビーズ「Fearless: The Collection of Hester Diamond」オークションカタログ表紙、2021年

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ヘスター・ダイアモンド邸のリビングルーム
Rachel Kaminsky, via Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0

少し前の話題になりますが、2021年の1月下旬。
老舗競売会社サザビーズによるオークションに出品された一連のコレクションがありました。
「fearless(勇敢、恐れ知らず)」と題した特集で注目を浴びた美術品の数々は、15世紀に描かれた厳かな宗教画から彫刻、天然石、ポップなSWATCHの腕時計までおよそ一人の人間が所蔵していたとは思えないような一見奇抜なコレクション。
どれもNYのアート界で画商コレクターとして活躍した、へスター・ダイヤモンド(Hester Diamond, 1928-2020)という女性により蒐集されたものです。
彼女は何者だったのでしょうか。


1928年、ハンガリー系移民の建設エンジニアであった父親とリトアニア出身の母親のもとNY州ブロンクス区に生まれたヘスター。
幼少の頃からニューヨーク近代美術館(MoMA)やグッゲンハイム美術館へ足繁く通い、何時間も飽きずに絵画を眺めて過ごしたそうです。
大学を卒業後は、NY有数の骨董商Stair&Co.の秘書職に就き、同社が専門に扱っていたイギリス家具についての知識を積極的に身に付けていきます。

ハロルドとへスター
via Sotheby’s official YouTube “Hester Diamond: The Life of a Fearless and Visionary Collector”

翌年には、同じブロンクス出身の小学校教師ハロルド・ダイアモンドと結婚。
芸術に理解のある夫ともに、休日になると美術館や画廊巡りをする充実した新婚生活を送りました。
夫妻に転機が訪れたのは、芸術好きが高じて週末に始めたアートギャラリーのアルバイト。
主にコンテンポラリーを幅広く紹介していた Martha Jacksonギャラリーで出会ったピカソやマティス、カンディンスキーらの作品は二人にとって大いに刺激的だったことでしょう。
第二次世界大戦後、荒廃したヨーロッパに変わり芸術の中心となったニューヨークでは、アンディ・ウォーホルやジャクソン・ポロックら前衛芸術のスターが次々と開花。
ヘスターは、熱気に溢れる1950年代のNYアートシーンのまさに渦中を生きたのです。


夫妻が働いたMartha Jacksonギャラリーや1950年当時のNYアート界の様子
via Sotheby’s official website “The Life of Hester Diamond”

平日は会社員、休日はアートディーラーとして多忙な生活を続けていたヘスターとヘラルドですが、ある時二人で企画開催したイギリス人彫刻家の巡回展とその成功をきっかけに、正社員の仕事を辞めアートの世界一本で勝負していくことを決断します。
そして、同業者や顧客から “ 外交官的な手腕とスパイのような狡猾さ ” と呼ばれた鋭いアートセンスと交渉力を武器にビジネスを展開する傍ら、自らも一流アーティストの作品蒐集を始めていきました。

また、敏腕アートディーラーの噂を聞き付けた、大手ヘルスケア製品メーカー Johnson&Johnson 社の後継者 J. Seward Johnson氏の依頼により、1970年にはインテリアデザイン業へも参画。
氏の所有する種々の芸術作品たちを審美的に目立たせながらも、心地よく住みやすい空間に仕上げ、ヘスターは以後19年間にわたり室内装飾の仕事にも携わりました。

室内を美術品や調度品でデコレーションする上でのヘスターの美学はとても個性的。
例えば、ピカソやレジェ、モンドリアンなどのモダン絵画に合わせる家具はあえて、由緒あり気品あふれるイギリスのアンティーク品。
一見、スタイルや様式の正反対なインテリア同士を並置することで生み出される唯一無二の“奇抜な調和”こそ、ヘスターが生涯貫いたオリジナリティと言えるかもしれません。

インテリア業界参画後、ヘスターが芸術作品と室内装飾をキュレーションした部屋の数々
via Sotheby’s official website “The Life of Hester Diamond”

ところが1982年に夫のハロルドが亡くなると、それまで現代アートに特化していたヘスターの嗜好が一転。
“オールドマスターズ”と呼ばれる、15世紀から18世紀頃に描かれた宗教画や歴史画を好むようになり、中でも初期フランドル派やルネサンス期の絵画・彫刻を中心に新たなコレクションを築いていきました。
オールドマスターズが心を惹きつける一因についてヘスターは、作品がもたらす多角的な視点にあると言います。

つまり、その作品と美術史との関係性や来歴、状態、額装など、様々な観点で作品を分析しながら味わい楽しむことができる点。
ヘスターが購入した絵画の以前の所有者がメディチ家だったこともあるそうですよ!

ちなみにこれらのオールドマスターズを”ヘスター流”に飾るために、それまでのアンティーク家具を売却。
代わりに、静謐な宗教画とともに近代的な家具をしつらえる斬新なスタイルで室内を新たにコーディネートしました。

ヘスターが所有していた16世紀の祭壇画
ピーテル・クック・ファン・アールスト《降誕、東方三博士の礼拝、神殿奉献》
via Sotheby’s official website

また、豊富な知識と経験を活かして、1990年代にはMedici Archive Project(メディチ家に関する歴史的資料の保存収納庫をサポートする取り組み)とVirtual Image of Sculpture in Time and Space(ヨーロッパで1200-1800年代に制作された彫刻にまつわる書物の出版支援)という2つの学術的な慈善事業を立ち上げるなど、社会的側面でも大きな功績を残しました。

2020年1月に91歳で亡くなるまでアートへの情熱を燻らせることはなかったヘスター・ダイヤモンド。
冒険や変化を恐れない心、好奇心、直観と洞察力、行動力、交渉力、バイタリティ、独創性、並外れた感性と審美眼・・・・。
列挙しきれないほどの言葉で彩られる彼女の人生は、その生きざまに触れたものを凛とさせてくれる“ダイヤモンド”のような輝きがつまっているようです。

(R・B)

【筆者プロフィール】 東京都出身。都内の大学を卒業後、ハワイ大学へ4年間留学。歴史学部卒業。その後、美術史に興味を持ちハワイ州ホノルル美術館でのガイド経験や国立西洋美術館でのインターンを経て、2012年学芸員資格を取得。翌年よりアトリエ・ブランカに入社、海外仕入補佐、作品解説等を担当する傍ら、スタッフブログを担当。2018年に結婚を機に一時アメリカへ移住。子育て期間を経て2024年12月よりブログを再開。

(参考文献)

https://www.apollo-magazine.com/hester-diamond-1928-2020/
https://www.sothebys.com/en/articles/the-life-of-hester-diamond
https://www.medici.org/