玉虫色の輝きは富の証。ノリタケ「アール・デコ」コレクションに隠された心理作戦!
こんにちは。
ブログをお読みいただきありがとうございます。
多種多様な人々が交錯する混沌と喧騒の街ニューヨーク。
そこはいつの世も、エネルギッシュで活気に溢れる流行の発信地です。
Николай Максимович, via Wikimedia Commons, CC BY 3.0.
Bernard Gotfryd, Library of Congress. No known restrictions on publication. Cropped.
TFSyndicate, via Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0. Cropped and slightly rotated.
17世紀に移り住んだオランダ人の交易拠点として始まり、18世紀には独立戦争を繰り広げた重要な歴史的背景と、アートやファッションなどの文化的要素が融合した独特の空気感。
少し歩けば、街の日常に溶け込んだ現代アートのインスタレーションに遭遇し、百貨店では最新の商品や斬新なディスプレイがお出迎えしてくれます。
この刺激的な街で生き抜くためには、トレンドを敏感に感じ取るセンスと先を読み続けるビジネススキルが必要不可欠、と言っても過言ではありませんね。
約100年前―
当時すでに文化的最先端の街であったニューヨークで、的確に時代の波を捉えてヒット商品を生み出したビジネスモデルがあります。
仕掛け人の名はチャールズ・カイザー(Charles Kaiser)とシリル・リー(Cyril Lee)。
カイザーは1874年に創業した日本初の国策貿易会社「起立工商会社」のNY支社で簿記として活躍したのち、1891年の同社解散に伴い、モリムラ・ブラザーズに採用された人物で、簿記方でありながらもセールスマンとしての資質を見出され、営業職として引き抜かれました。
(モリムラ・ブラザーズの歴史についてはこちら)

image from: https://www.morimura.co.jp
その後、ノリタケブランドを主軸とした陶磁器専門の卸売会社モリムラ・ブラザーズで、アメリカ人のライフスタイルに合致した営業戦略を展開し、社の売り上げに大きく貢献。
セールス・マネージャーとしてめきめきと頭角を現していきました。
一方のリーは、1919年にモリムラ・ブラザーズに加入した英国出身のデザイナーです。
商才に長けていたカイザーと、優れた美意識の持ち主であったシリルは、当時ヨーロッパで流行の萌芽を見せていた「アール・デコ」に将来性を感じ、直線や幾何学模様を多用したデザインから着想を得た新しい陶磁器シリーズの制作を始めます。
彼らはどのような市場分析や顧客ニーズの把握を元に、商品開発に取り組んだのでしょう。
それを知るためにまずは、この頃よりさらに50年程さかのぼったアメリカの事情を先にお話ししましょう。

image from: Petticoats & Pistols
アメリカでは1865年に南北戦争が終結したのち、1869年にカリフォルニア州とネブラスカ州を結ぶ大陸横断鉄道が初めて開通。
飛躍的な工業化に伴い、人や物の行き来が活発化することで経済市場が拡大し、都市部で生活する中流階級者が大幅に増加しました。
また、戦時の混乱が終息し産業国家へ向けて邁進する中で多くの野心家が生まれ、政治家と起業家の間における癒着や汚職問題が頻発。
作家マーク・トウェインはそうした金銭的利益ばかりを追求する人々の強欲性を揶揄し、「金メッキ時代(The Gilded Age)」という小説を出版しました。
社交界においては、“金メッキ”という表現にふさわしい華美でけばけばしいファッションや装飾が好まれ、富と社会的地位を誇示することが何より重視されました。
当時の風俗についてご興味のある方は歴史ドラマ「ギルデッド・エイジ – ニューヨーク黄金時代 – 」を是非ご覧ください。(U-NEXTにて配信中)

Geo. R. Lawrence Co., May 2, 1906. Library of Congress, Public Domain.
1893年の経済恐慌をひとつの転機として、金メッキ時代はしだいに終息へ向かいます。
産業革命の成熟と都市化が進んだ1900年代初頭のアメリカでは、自動車や生活家電が一般家庭にも普及。
いわゆる「大量生産・大量消費型社会」が到来しました。
Library of Congress, no known restrictions on publication.
via Wikimedia Commons, Public Domain.
都市部で生活する中流階級家庭にも経済的な余裕が生まれ始め、「レディース・ホーム・ジャーナル(Ladies’ Home Journal)」や「ハーパーズ・バザー(Harper’s Bazaar)」といったファッション・ライフスタイル関連の雑誌が中流階級女性の間で愛読されます。
こうした雑誌はファッション、料理レシ ピ、教育関連の情報にいたるまで多彩な紙面構成で展開され、インテリアや調度品への関心も大変高かったそうです。

M.S., Musée Carnavalet / Paris Musées, via Wikimedia Commons, Public Domain.
一方この頃のヨーロッパでは、18世紀後半にイギリスで始まった産業革命がヨーロッパ全土に広がり、技術革新や文明の進歩を競う万国博覧会が次々と開催。
芸術文化と産業技術の発展を礼賛した「ベル・エポック」と呼ばれる華やかな時代が訪れていました。
残念ながら1914年の第一次世界大戦勃発に伴い「ベル・エポック」は終わりを迎えますが、大戦後には再び芸術文化が興隆。
戦争という抑圧への反動から起こったダダイズムや未来派など、戦前とは異質の前衛的な芸術運動が登場しました。

Musée National d’Art Moderne, via Wikimedia Commons, Public Domain Mark 1.0.
特に「未来派」は機械文明やテクノロジーを礼賛した思想で、自動車のスピード感やダイナミズム、ピカピカとした金属製品などに価値が置かれました。
装飾様式においても、20世紀末に栄えたアール・ヌーヴォー芸術に代わり、機械化や新しい時代の躍動感を反映したアール・デコ芸術が花開くなど芸術分野全般で大きな変革が起こります。
National Photo Company, Library of Congress, no known restrictions on publication.
National Photo Company, Library of Congress, no known restrictions on publication.
話は戻り、ノリタケブランドを販売するモリムラ・ブラザーズのカイザーとリーが「アール・デコ」コレクションを手がけたのは、新しい芸術やデザイン様式がアメリカへ次々と流入したまさにこの時代でした。
彼らは、ダイナミックな文化の潮流に大いに影響を受けながら、小物入れや灰皿、ヒュミドール(葉巻の保管箱)などを制作。
900点をゆうに超える種類の作品の中で、特に人気だったのが愛らしいピエロをモティーフにしたアイテムだったと言われています。

Maurice Sand, Masques et bouffons (Comédie Italienne), via Wikimedia Commons, Public Domain.
ピエロは、この時期に流行した大衆文化の一つ「コメディア・デラルテ」と呼ばれる演劇に欠かせない登場人物。
16世紀の北イタリアに起源を持ち、仮面をかぶった人物たちの掛け合いが魅力なこの即興喜劇は、第一次世界大戦中にアメリカへと亡命したヨーロッパ人芸術家らが発展させ、1920年代のアメリカでリバイバルを果たしました。
劇中に登場するピエロのラッフル襟やカラフルな衣装、おどけた表情を上手く取り入れた小物は、解放的で軽快な1920年という時代の雰囲気にもよくマッチしたことでしょう。
ピエロの他にも、小粋なフラッパーガールや直線や幾何学模様などのトレンドを次々と取り入れ人気を博したノリタケの「アール・デコ」コレクション。
人々の心をとらえたのは、流行のデザインだけではありません。

The Metropolitan Museum of Art, Public Domain. Cropped and slightly rotated.
ノリタケは、顧客ターゲット層の中心である中流階級家庭の女性たちが普段使いしやすい日用品のアイテムに、彼女たちが経験したであろう一昔前の金メッキ時代の豪奢な趣味や高価な金属製品の流行を反映させたのです。
その最たる特徴が、玉虫色の光沢を放つ“ラスター彩”と呼ばれる独特の釉薬で覆うことでした。
ラスター彩とは、焼成後の陶磁器の表面に金属酸化物(主に銀や銅)の薄い皮膜を塗布することで表現される彩色技法。
9世紀のアッバース朝イラクで誕生し、エジプトやシリア、その後イタリアでも発展します。
シルクロード交易により光沢原料の入手と研究が進み、さらに18世紀後半に興った産業革命により大量生産システムや高度な加工技術が生まれるとラスター彩への興味が再燃。
イギリスの有名な陶磁器産地であるスタッフォードシャーやウェッジウッド社が、白金塩など新しい化合物を調合した製品の生産を始め、ラスター彩の持つ可能性をぐっと広げました。
カイザーとリーは、ラスター彩が放つ神秘的な輝きを豪華と富の証明として魅せることで、金メッキ時代を記憶する消費者の心理に訴求したのかもしれません。
色合いにも工夫を重ね、橙、青、桃、黄色といったビビッドな色合いを多用。
ポップでキュートな唯一無二のデザインでヨーロッパアール・デコとの差別化を図ったのです。
残念ながら、ノリタケがこのコレクションを制作した期間はわずか10年ほど。
1930年代に入り、アール・デコ流行が終焉するとともに各国の軍事活動が第二次世界大戦に向けて本格化すると、ノリタケの輸出事業も大きく縮小していきました。
様々な文化や芸術が誕生し、一時代を築いた1920年代のNY。
その流行の一端を担った「ノリタケ アール・デコ」の神秘的な輝きは、100年を経た今も多くの人々の心を惹きつけ続けています。
(R・B)
【筆者プロフィール】 東京都出身。都内の大学を卒業後、ハワイ大学へ4年間留学。歴史学部卒業。その後、美術史に興味を持ちハワイ州ホノルル美術館でのガイド経験や国立西洋美術館でのインターンを経て、2012年学芸員資格を取得。翌年よりアトリエ・ブランカに入社、海外仕入補佐、作品解説等を担当する傍ら、スタッフブログを担当。2018年に結婚を機に一時アメリカへ移住。子育て期間を経て2024年12月よりブログを再開。
(参考文献)
https://www.morimura.co.jp/history/colum/colum02.html
https://eishodo.net/toujiki/noritakeartdeco/
https://www.demorgan.org.uk/lustreware-a-short-history/
https://www.judyschwartz.com/wp-content/uploads/2020/09/VISION_DECO-1.pdf
https://japan-porcelain.com/intro/techniques/#h010
https://www.y-history.net/appendix/wh1203-075.html https://mejiro.repo.nii.ac.jp/record/647/files/KJ00008032399.pdf
https://driehausmuseum.org/blog/view/the-origins-of-lustreware-recapping-over-ten-centuries-of-aesthetic-pottery










