アール・デコ期をきらびやかに彩った香水瓶という芸術 ~ラリックとキャロン~

こんにちは。
ブログをお読みいただきありがとうございます。
遅ればせながら、新しい一年が始まりました。
今年も皆様に少しでも多くのアートブログをお届けしたいと思っております。
2026年もどうぞよろしくお願いいたします。

アメリカのにぎやかなホリデーシーズンも終盤を迎える年末年始。
昨年末、我が家はテキサス州、ルイジアナ州、ミシシッピ州、アルカンソー州というアメリカ南部のエリアを車で旅してきました。

クリントン元大統領の生家
Image from: https://www.nps.gov/

最後に期せずして宿泊したホープというアルカンソー州の小さな町。
実はそこは第42代アメリカ合衆国大統領であるビル・クリントン氏の生まれ故郷。
町には彼が4歳まで過ごした生家が国定歴史建造物として残されており、内部見学も可能です。 

クリントンが誕生する3ヶ月前に実父が事故で他界したため、母方の祖父母と暮らしたその家は、実直な中流階級家庭のごく普通な暮らしが垣間見れる素晴らしい史跡でした。

筆者撮影

 

中でも、当時まだ20代前半だった彼の母親の寝室の化粧台には、幼い息子の写真とともに彼女が愛用した化粧用品や口紅、香水ボトルなどが無造作に置かれていて、まるで彼女がぽっと姿を現すのではないかと思うほど、1940年代当時の色香をほのかに感じる空間でした。

艶やかな化粧用品や香水瓶たちは個々に気品があり、まさに“目にも麗しい”うっとりするような姿ですよね。

しかし、もともと香水瓶はデザイン性が高いものではなく、化学実験で用いるようなフラスコ型の容器であったのをご存知ですか?
想像してみてください。
あなたが愛用している香水が、もしもフラスコ瓶に入っていたら・・・
いくら芳しい香りでもどこか味気ない気分になりますよね。


その伝統が打ち破られた出来事があります。
それは、1907年、ガラス工芸家の巨匠ルネ・ラリックと香水商フランソワ・コティが業務提携したこと。

ルネ・ラリック(左),「Cyclamen Coty」1909年(中央), フランソワ・コティ(右)

セレブリティや実業家ら多くの顧客を持ち、すでに人気宝飾デザイナーであったラリックは、ガラス工芸事業へと新しく裾野を広げ、高級宝飾店らが立ち並ぶパリの一等地ヴァンドーム広場に新店舗を構えたばかりでした。
ラリックの手がけるガラス工芸品に感嘆したコティは香水瓶のデザインを依頼。
コティ社が扱う香水をラリックによる繊細かつモダンで奇抜性に溢れるデザインの香水瓶に詰めて販売しました。

ヴァンドーム広場の縁によって結ばれた二人がプロデュースした商品は、美意識が高く流行に敏感なパリジェンヌの間でたちまち話題となります。
顧客の要望を元に一点一点特注で手がける宝飾品と異なり、量産が可能なガラス製品である香水瓶の制作に楽しさを感じたラリックは、生涯で60社を超える香水メゾンや百貨店などと契約し、およそ400点ほどのデザインを提供したと言われています。

さて同じころ・・・・

現代まで続く老舗香水メゾン「キャロン(CARON)」もまた、パリで産声を上げました。
創業者の名はアーネスト・ダルトロフ(Ernest Daltroff,  1867-1941)。
ロシア系ユダヤ人家族のもとフランス郊外に生まれました。
幼いころ、よく眠れるようにと彼の母親が毎晩耳後ろに垂らしてくれた一滴の香水との思い出が調香師を目指す原点になったそうです。
その影響からか花や果物、香辛料など数千種の香りをかぎ分けられる鋭い嗅覚の持ち主になりました。

1904年、それまでの知識と経験を活かして香水店を開業。
メゾンの名は前年に買い取った小さな調剤薬局の店主キャロン夫人にちなみ、フランスらしさと呼びやすさのある「キャロン」と決めました。
数年後、同じラペ通り沿いの服飾店に勤務する女性フェリシエ・ヴァンプイユ(Felicie Vanpouille)と知己を得たことが、メゾンの運命を大きく変えることとなります。

 

二人はお互いの顧客を紹介しあったりビジネスのアドバイスをするなど関係を深め、やがてヴァンプイユはアーティスティック・ディレクターとしてキャロンに入社。
以降、多くの香水瓶や梱包箱のデザインを手がけました。

今に引き継がれるキャロンのレガシーの一つ。
それは、「香水ファースト」であること。
アパレルやアクセサリーなど多様な商品を展開する多くの香水メゾンとは一線を画し、キャロンは香水とパウダーの類に特化したアイテムのみを常に世に送り出してきました。

そうした“強み”の秘密はキャロン独自の“ノーズ(nose)”と呼ばれる役職にあります。
他の香水メーカーらが外部の調香師を雇っていた時代に、キャロンは社内から嗅覚に特別秀でた者をノーズとして選任。
キャロンの企業理念や個性を熟知するノーズがキャロンのためだけに奉仕する関係が生まれました。

また、香水事業への一極化と製造ノウハウの効率化を最重視することで、選りすぐった高品質の原料を安定した価格で入手でき、仕入れ先のみならず、顧客との長い信頼関係を築くことに成功しました。

Narcisse Noir(1911)
image from: https://www.perfumeprojects.com/

1911年、メゾンのアイコニックな香水の一つ「Narcisse Noir(黒水仙)」が誕生します。
純真さと無情さ、明るさと妖しさなど女性性が持つ二面性を表現した本作は、瑞々しい柑橘類の香りのあとに演出されるダークな深みがポイント。

香水瓶のデザインには、柔らかい丸みのあるボトルとともに印象的な漆黒の水仙の花被がキャップにあしらわれ、まるでダルトロフが香調で表現した妖艶な女性像そのもののようですね。

この「Narcisse Noir」を皮切りに、第一次世界大戦従軍前の兵士らが恋人に贈った「N’aimez que moi(私だけを愛して)」(1916年)や、終戦後の自由で解放的な女性の象徴であるフラッパーをイメージした「Tabac Blond」(1919年)、初のフランス人女性パイロットに敬意を込めた「En Avion」(1932年)などを発売。
時代の流れを読んだ進取性あふれる香水を次々と発表し、キャロンはパリで高い支持を獲得しました。

そんなパリでの評判が届いたのでしょうか。
ダルトロフは1920年にNYのブロンクス区で開催された国際産業芸術科学博覧会に招かれ、前衛賞を受賞。
この受賞がきっかけとなり、アメリカ市場の開拓・販路拡大へとつながりました。
この博覧会には、当時よきライバルとして切磋琢磨していたコティ社も招待されていたそうです。
面白い歴史の因縁を感じますね。

image from: (左上から時計回り)https://www.invaluable.com/, https://rlalique.com/, https://www.exhibitantiques.com/, https://lionandunicorn.com/, https://www.anticstore.art/, https://rlalique.com/

時代は折しも「機能性」「幾何学的」「スピード感」「光沢感のある素材」などがキーワードとなったアール・デコ様式のデザインが爆発的に流行し始めたころ。
主にガラスで製造される香水瓶のデザインは、こうしたアール・デコの特徴と相性がよく、香水瓶市場は益々の活況を呈しました。 

しかし残念なことに、ブルジョワジーの嗜好品である香水瓶は第二次世界大戦の勃発を機に製造中止を余儀なくされ、多くの香水メーカーが香水瓶に代わり医療用ガラス容器などの供給に従事しました。
ラリックは第二次世界大戦終了後、間もなく死去。
ユダヤ人であったキャロンのダルトロフも、迫害を恐れてNYへ亡命し、そのわずか3か月後に現地で亡くなりました。
第二次世界大戦という悲劇に翻弄され、惜しくも散った二つの才能。
しかし、10cm四方の空間に込められた香水瓶という彼らの小さな芸術は、永遠の命を吹き込まれて今も愛好家たちの目を楽しませてくれているようです。

MAGNUM「香水瓶:NARCISSE NOIR」

当店では、ラリックやドーム兄弟、ガレが手がけた作品を含め香水瓶を常時お取り扱いしております。
こちらよりご覧ください)

左は前述したキャロンの代表作「Narcisse Noir(黒水仙)」をアメリカ市場で再販した作品。
NYの貿易会社マグナムが再販権を持ち、ボトルデザインをラリックに依頼。
当時のアメリカ人女性のニーズに合うよう小型化し、さらに持ち歩きに便利なサテンのケースに入れて販売されました。
のちに再販手続きと商標権をめぐってコティ社と裁判沙汰になったようですが・・・
それもまた歴史の一ページ。

パリで生まれ、はるばるアメリカに渡った小さなキャロンの香水瓶。
もしかしたら、クリントン母が愛用していた一本の一つだったかもしれませんね。

(R・B)

【筆者プロフィール】 東京都出身。都内の大学を卒業後、ハワイ大学へ4年間留学。歴史学部卒業。その後、美術史に興味を持ちハワイ州ホノルル美術館でのガイド経験や国立西洋美術館でのインターンを経て、2012年学芸員資格を取得。翌年よりアトリエ・ブランカに入社、海外仕入補佐、作品解説等を担当する傍ら、スタッフブログを担当。2018年に結婚を機に一時アメリカへ移住。子育て期間を経て2024年12月よりブログを再開。

(参考文献)

https://rlalique.com/rene-lalique-biography

https://www.bada.org/features/makers-series-rene-lalique#:~:text=Two%20years%20later%2C%20his%20pursuit,Art%20in%20Sydenham.%20The%20school

https://antique-collecting.co.uk/2022/02/24/sweet-success-for-150-lalique-perfume-bottles/

https://cafleurebon.com/the-history-of-the-house-of-caron-love-war-and-fragrance-tabac-blond-draw/

https://supreme.justia.com/cases/federal/us/262/159/#:~:text=The%20first%20two%20were%20cases,of%20its%20jurisdiction%20otherwise%20conferred.
https://www.worthpoint.com/worthopedia/purse-size-perfume-bottle-magnum-456290140

https://cafleurebon.com/cafleurebon-legends-of-modern-perfumery-house-of-coty-and-francois-coty-1902-1928-coty-vintage-la-rose-jaqueminot-chypre-emeraude-perfume-draw/