19世紀百貨店経営に手腕を発揮した男ジュール・ジャルゾー

こんにちは。
ブログをお読みいただきありがとうございます。
2025年もいよいよ残すところ1ヶ月を切りました。
賑やかなハロウィンや大切な家族と迎える感謝祭も終わり、もうすぐクリスマスです。
筆者の住むアメリカでは、ホリデーシーズンに向けて徐々に街の雰囲気が華やいでいき、美しくイルミネーションが彩られた街並みや、思い思いの装飾が施された家々をドライブするだけでも気分が高まります。
ツリーの下にはたくさんのプレゼントが置かれ始め、クリスマス当日の朝に開けるのが定番。
子どもたちは続々と届くプレゼントにときめきながら、そして日々の恵みに感謝を捧げながら12月25日を楽しみに待つのです。
一年で最も出費が多いと言われる12月。
大小の百貨店や小売店ではクリスマス商戦が本格化し、メディア媒体や紙媒体などの宣伝広告を活用したセールスプロモーションが盛んです。
インターネット技術があまねく普及した現代では、データ解析の進歩により精度の高いターゲティングが可能になり、今やオンライン広告が宣伝ツールの主流と言っても過言ではありません。しかし、テレビやパソコンなどのデジタルコンテンツが発達する前の時代は、新聞やポスター、パンフレットなどの紙広告がビジネス成功のカギを握る集客方法でした。

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19世紀後半のパリ―そうした広告戦略に稀有の才能を発揮した天才実業家がいました。
彼の名はジュール・ジャルゾー(Jules JALZOT)。
本日は、フランスの老舗百貨店【プランタン】の創業者としても知られる彼の半生をご紹介します。
1834年5月5日、パリの南東に位置するブルゴーニュ地方の小さな田舎町に生まれたジャルゾー。
公証人であった父親のもと、パリで高等教育を修了したのち、商人になる夢を持ちます。
19歳の時にクレリー通りにあった更紗の仕立て屋で見習いを開始し、布地屋や喪服商などでの修業を重ねて3年後、新物店 Aux Villes de Franceで働き始めました。
この「新物店」という言葉。
聞きなれないなと感じた方も多いかもしれません。
どのような時代背景を経て生まれたのでしょうか。

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時代は19世紀半ば。
ヨーロッパでは産業革命が発展し、上流貴族層と労働者階級の中間に当たる中流階級、いわゆる『ブルジョワジー』が興隆していました。
富を築き自由を手にした市民たちの生活環境は、公共交通機関の拡充や余暇に費やす時間の増加などにより、どんどん豊かになりました。
その象徴の一つがショッピングです。
その昔。
フランス革命期以前のパリでは、同業者同士の組合である商人ギルドが絶大な力を持っていました。
市民の買い物はそれぞれ細分化された居住エリア内の専門店(傘店、靴店、絹織物店など)で済ますことが当然。
そのため、私たちが今日自由にするように、時には遠方まで出向いて店をあちこち巡り、商品を選ぶことは基本的にできず、また商人側も所属ギルドで承認された品物以外を販売する権利はありませんでした。
しかし、産業革命の進展や生活様式の近代化により旧制のギルドシステムが解体され、19世紀前半頃からブルジョワジーが力をつけ始めると、『パッサージュ』という新しい形態の商業空間が登場します。
ガラス屋根で覆われた長い通路の両脇に小さな小売店やカフェが立ち並ぶアーケード式の商店街のため、風雨にさらされずに気軽に店舗を回ることができるという利便性が功を奏し、パッサージュはパリ市内に続々と開業しました。
最盛期には何と150以上が存在しましたが、第二帝政下に行われたナポレオン3世による大規模な都市改造計画の一環で大通りの建設が優先されたことや時代の変化により、現在は20弱のみが残されています。

こうした経緯により、パッサージュ自体の数は減少しましたが、「一つの場所で買い物を済ませられる」という長所と便益。
それを引き継ぎ、新たな商業形態として生まれた場所が【Magasin de Nouveautés】=先ほど触れた「新物店」です。
新物店は、その名の通り、季節や年末年始、宗教行事などの節目に買い揃えたい“旬”で“目新しい”アイテムを取り扱う総合店のこと。
パッサージュのような狭い路地ではなく、大通りに面した建物の内部に売り場を設けたため、通行人の目につきやすく自然と客足が伸びて、新物店は大繁盛しました。
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その後、新物店は1850年代頃より更なる進化を遂げ、新物店で取り扱う“流行品”に“日用品”を取り入れた【Grand Magasin】=いわゆる「百貨店」がついに誕生します。
その火付け役である世界初の百貨店は1852年に開業した【ボン・マルシェ】。
アパレル業界で着々とキャリアを磨いていたジャルゾーは、次にこのボン・マルシェに職を得て、副支配人や絹織物部門長として益々仕事に邁進しました。

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そして、1864年。
ジャルゾーの運命が大きく動き出す出来事がありました。
それは、ボン・マルシェの大顧客であり、国立劇団コメディ・フランセーズ所属の女優オーギュスティヌ・フィジャック(Augustine FIGEAC)との出会い。
フィジャックの方が13歳年上でしたが、互いに惹かれあった彼らはほどなくして結婚しました。
結婚に際し彼女は、30万フランの持参金を用意。
パリで働く男性の当時の一日の平均収入が3-5フランだったことを考慮すると、莫大な金額だったことが分かりますね。

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この豊かな資金源を元に、夫婦は新しい百貨店を開店するという新たな夢を抱きました。
そして、パリ8区にあるサン=ラザール駅周辺の土地に目星をつけ建設を開始し、翌年11月3日、めでたく百貨店【プランタン】を創業しました。
日本語で「春」の意味を持つ店名は、長く寒い冬が終わり、新しい草花や生命が再び活動を始める春の季節のように、新鮮で新しいステキなものをいつもお届けしたいという願いが込められたそうです。
その名にふさわしく、草花や自然のモチーフを意識したアール・ヌーヴォー調の装飾が施された店内や、女優妻の影響もあり選ばれた詩的な店名が斬新で大きな話題性を集め、幸先の良い幕開けとなりました。
およそ160年後の現在も、パリの百貨店のシンボルの一つであり世界中に店舗を持つ【プランタン】。
その初期経営が成功した要因は何だったのでしょうか。
その一つが、広告効果だったと言われています。

宣伝能力に長けていたジャルゾーは、豊かなブルジョワ層向けの挿絵入り新聞「イリュストラシオン」へ精力的にプランタンの広告を出稿。
この新聞は週刊発行であったため、一週間ごとに百貨店の新着商品やイベントの情報を掲載しました。
また、ウィットに富んだ広告を生み出し読者の心をつかみ、熱心にプランタンに通うファンを増やしました。
さらにジャルゾーは、各シーズンの終わりに売れ残り商品を安く売る「在庫一掃期末セール」を発案。
これにより、スムーズな在庫処理が可能になり、店頭に新しく並べられた新シーズンの商品とともにいつもフレッシュな装いでお客様を迎えることができました。
まさに、集客術の天才といっても過言ではありません。
「常にお客様に新しい体験を!」
ジャルゾーが最も大切にしたこの経営哲学。
彼が対象にしたのは、「商品の品ぞろえ」だけではありません。
例えば、当時万博で発表されたばかりの最新設備であった「エレベーター」の設置。
その他、「鉄骨材」や百貨店として初となる「電灯」を導入するなど、建物の設備や内装にも力を入れました。
吹き抜けになったアーチ型のガラス天井は最大限に自然光を取り入れることで、商品に日の光の輝きを添えたそうです。
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残念ながらジャルゾーは、事業拡大の期待から始めた砂糖産業への投機に失敗。
1905年にギュスターヴ・ラギオーニ(Gustave LAGUIONIE)に経営権を譲渡します。
しかし、のちの時代には美しいステンドグラスが装飾されたドーム天井や、機械仕掛けのショーウィンドウが設けられるなど、「お客様を楽しませたい」という企業理念は現在に至るまで脈々と引き継がれています。
“百貨店”という響きが持つ特別感や高揚感。
モダンで洗練されたその空間は、いつの時代も私たちの気持ちを華やかにしてくれますね。
その発展と変遷を紐解くと、百貨店業界の先駆者の一つとしてプランタンが残してきた大いなる歴史的意義を感じます。
それでは皆さん、素敵なクリスマスを!
(R・B)
【筆者プロフィール】 東京都出身。都内の大学を卒業後、ハワイ大学へ4年間留学。歴史学部卒業。その後、美術史に興味を持ちハワイ州ホノルル美術館でのガイド経験や国立西洋美術館でのインターンを経て、2012年学芸員資格を取得。翌年よりアトリエ・ブランカに入社、海外仕入補佐、作品解説等を担当する傍ら、スタッフブログを担当。2018年に結婚を機に一時アメリカへ移住。子育て期間を経て2024年12月よりブログを再開。
(参考資料)
http://themasq49.free.fr/index_fichiers/loisirs/Album_Jouets_et_Loisirs3bis.htm
https://www.arukikata.co.jp/tokuhain/246267/
https://www.la-malle-en-coin.com/en/the-blog/list-of-articles/2856-to-the-shop-printemps.html#:~:text=1920%20When%20Gustave%20Laguionie%20died%2C%20his%20son,part%20of%20the%20store%20inaugurated%20in%201910.
https://www.encyclopedia.com/books/politics-and-business-magazines/au-printemps-sa#:~:text=Gustave%20Laguionie%20died%20in%201920%2C%20leaving%20the,alongside%20Alcide%20Poulet%2C%20named%20partner%20in%201920.
https://unitedsquare.co.jp/columns/%E5%BA%83%E5%91%8A%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BC%9F%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%A4%89%E9%81%B7%E3%82%92%E7%B7%8F%E5%90%88%E8%A7%A3%E8%AA%AC/
Les Grands Magasins: The History of Paris’s Legendary Department Stores
https://theearfultower.com/2022/07/29/the-five-most-breathtaking-covered-passages-in-paris/#:~:text=But%20first%2C%20what’s%20the%20history,great%20choice%20of%20dining%20options.
https://shannonselin.com/2021/06/currency-exchange-rates-costs-19th-century/
https://www.groupe-printemps.com/en/160-years-history








