軽井沢と吉祥寺、レーモンドの家を訪ねて

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ブログをお読みいただきありがとうございます。

軽井沢と吉祥寺。
弊社がギャラリーを構えるこの二つの街は、空気感も、光の質も、そこに暮らす人々の息づかいも決して同じではありません。

その二つの土地に、建築家アントニン・レーモンド(1888–1976)が手掛けた家が静かに佇んでいます。
軽井沢・夏の家と、旧赤星鉄馬邸。
実際に訪ねてみると、家の中にゆっくりと揺れるあたたかい影がどちらにもありました。

出典:Wikimedia Commons
(Public domain)

アントニン・レーモンドはチェコ生まれの建築家で、1919年にフランク・ロイド・ライトとともに来日。
ライトが追い求めた“自然と響き合う建築”という思想は、レーモンドに受け継がれ、日本の風土の中で育っていきます。

1933年、軽井沢南ヶ丘地区にレーモンド自身のアトリエ兼別荘として建てられた夏の家。
彼が1937年にアメリカへ帰国したのちも、建物は引き継がれながらこの地でひっそりと時を重ねてきました。
現在はタリアセン内の塩沢湖のほとりに移築され、ペイネ美術館として来訪者を受け入れています。

欧米の住宅には大きく開いたスケールを思い浮かべますが、この家はむしろ身の丈にそっと寄り添います。
だからこそ、初めて訪れたのにどこか自分の家のような落ち着きがありました。
光の入り方や木のやわらかさが、暮らしの記憶を呼び起こすような感じがしたのです。

展示されているレイモン・ペイネ(Raymond つながり!)の作品のテーマは愛。
作り手から作品へ、作品から鑑賞者へ、時を超えて人の想いが連なっている──こうした空間はとても居心地が良いものでした。

そしてもう一つのレーモンド住宅、吉祥寺の旧赤星鉄馬邸を再訪。
弊社ギャラリーから徒歩数分の旧赤星邸は12月25日まで限定公開されています。
(スケジュール等はこちらにてご確認ください)

夏の家の翌年、1934年に建てられた鉄筋コンクリート住宅で、戦前は陸軍、戦後はGHQの管理下に置かれ、そののち1956年にナミュール・ノートルダム修道女会が取得しました。
修道院として長く使われてきた建物は、現在では武蔵野市の所有となり、保存・公開が進められています。

今回は2度目の訪問だったこともあり、さらに親密な気持ちを抱きながら各部屋をまわりました。
長い年月のあいだに用途や所有者が変わりながらも、家の中には静かに積み重ねられた生活の気配が残っています。

部屋に備え付けの家具は、夫人ノエミ・レーモンドのデザインで、そこに収められたものを想像したり、自分だったら何を入れようかと夢想もはじまります。
決して奇抜ではなく、かといって月並みでもない。
日々の暮らしをきちんと支えるための工夫がそっと施されている点に夫妻の共通の理念が感じられました。

住む人の人生を支える建築は、その場所に積もる記憶を内包しながら、静かに未来へと開かれていくのだと思います。
軽井沢と吉祥寺──環境は異なっても、どちらの家にも共通して感じられたのは、人の暮らしと静かに共鳴するレーモンドのまなざし。
塩沢湖の水面にそよぐ光も、赤星邸の広い庭を渡る風も、そのまなざしをやわらかく映していました。

(K・T)