高貴な光の結晶に魅了されるバカラの歴史と傑作「ディアマン・ピエルリー」

バカラ村にあるサン・レミ教会
By Peter.PielmeierOwn work, CC BY-SA 4.0, Link

こんにちは。
ブログをお読みいただきありがとうございます。

太陽の光に包まれる快晴の日も、
雲間から漂う空気の粒子を浴びる曇天の日も、
しとしとと降る雨の雫が反射する雨空の日も、
神々しく輝く ガラス窓の装飾が美しいここは、知る人ぞ知る「バカラ」の教会。

フランスはロレーヌ地方に位置する小さなバカラ町。
その中心部を南北に貫くムルト川沿いに1957年、取り壊された旧教会を現代的に刷新する形で建立されました。
その際に、この地で1764年に創業したバカラ社が52色およそ20,000枚に及ぶクリスタルガラス板を提供。
生まれ変わった教会は、地元民だけでなく観光客の心も惹きつける憩いの場所となりました。
地域社会との共存を大切にするバカラ社の企業努力を感じる素晴らしい教会ですね。

フランス国王ルイ15世
By Workshop of Louis-Michel van Loo[1], Public Domain, Link

さて、昨年創業260年を迎えたクリスタルガラスメーカーの王者「バカラ」。
その歴史は、時のフランス国王ルイ15世が国力増強の手段として、輸入に頼らない自国でのガラス製造技術や流通販路の拡大のため、新たなガラス工場を設立せよという王命を下したことに始まります。

ルイ15世は先王ルイ14世の意思を引き継ぎ、ブルボン朝の繁栄を対外的・文化的に推し進めた功労者。
多くの公妾を抱え奔放な私生活を送ったことでも有名です。
愛妾の一人、ポンパドゥール夫人はよく知られていますね。
そうした華やかで豪奢なルイ15世のスタイルを反映したようなゴージャスなガラスカットはバカラ社の代名詞とも言える大変すぐれた技術です。

エメ・ガブリエル=ダルティーグ
image from:https://www.pressglas-korrespondenz.de/aktuelles/pdf/pk-2005-1w-stenger-artigues-zoude-franz.pdf

しかし意外なことに、まばゆいばかりの煌めきを放つクリスタルガラス製品が誕生したのはバカラ創業から少しあとのこと。
初期のころは窓や鏡の製造に特化していたそうです。

その後、フランス革命やナポレオン戦争など、不安定な情勢や財政難による一時閉鎖を乗り越えて、1815年に実業家エメ・ガブリエル=ダルティーグ(Aimé-Gabriel d’Artigues)が建て直しに図ります。
かつてサン・ルイ王立ガラス工場長を務め、またヴォネシュ(Vonêche)村で自身のガラス工場を営むなどガラス産業での経験に長けていた人物です。
彼は、ナポレオン戦争の終焉に伴いフランスからオランダ領(現ベルギー領)へと返還されたヴォネシュ工場で製造されるガラス製品が、今後課税対象になることを恐れて、バカラ社を買取。
事業全般をヴォネシュからバカラ村へ移行してガラス製造を継続するという英断を下しました。
他国や他地域との交流で築いた人脈を活かして優れた職人を召喚し、バカラ村の地元職人を育成したり、また未来を見据えた設備投資に尽力するなどの画期的な改革に取り組み業績は改善。

1828年頃のバカラ工場
image from:https://www.theglassgallery.com/blog/book/the-art-of-the-paperweight/chapter-3/

さらにターニングポイントとなったのが、元々ヴォネシュ工場で製造していた「鉛クリスタル」でした。
既存のノウハウを基に製造ラインを整えて、1817年バカラ社でも本格的に生産を開始。
良質な原料の選定や調合を研究し改良に改良を重ねて、唯一無二の美しいクリスタルガラスにたどり着きました。

当時ヨーロッパでは、18世紀後半から始まった産業革命や技術革新が成熟期を迎えていました。

1867年パリ万博でのバカラの展示風景
image from:https://www.ndl.go.jp/exposition/e/data/R/070-003r.html

そこで、各国が自国の技量を発信する機会として「万国博覧会」という場が設けられ、1851年にロンドンで初開催。
現在は150以上の国が参加して、国際交流や未来社会に向けての課題解決を趣旨にするなど世界規模の行事となりました。
先日閉幕を迎えた大阪万博は大きな話題となりましたね。
バカラ社は1855年のパリ万博に初参加し、ガラス部門で金賞を受賞。
1867年パリ万博では堂々のグランプリに輝くなど、万博受賞者の常連になりました。
その後のバカラの華々しい成功は皆さんもよくご存じの通りです。

ちなみに19世紀後半から20世紀前半に行われた万博には、エミール・ガレやドーム兄弟、オールドノリタケ、ミュシャ、ピカソ、デュフィなど当社でも取り扱いのあるたくさんの芸術家が、作品の出品ないしはポスター制作やパビリオンの内装装飾の仕事を請け負うなど何らかの形で万博に携わっています。

 

さてここまで「クリスタルガラス」の言葉が何度か出てきましたが、この「クリスタル」とは天然石の水晶のことではありません。
その正体は、金属や元素の化合物です。
通常のガラス製造に用いられる主原料は、珪砂・ソーダ灰・石灰。
このうちの「ソーダ灰」の代わりに「酸化鉛」と「炭酸カリウム」を投入すると、鉛の化学反応+珪砂の溶解温度を下げる融剤「炭酸カリウム」の作用によって、ガラスの高い屈折率が実現します。

屈折率とは、“光が物質に当たったときに、その物質を通過せず表面に跳ね返って反射する角度”のこと。
屈折率が大きくなると、それに比例して光源がガラスに反射して目に届く量も大きくなります。
さらにバカラ社は、反射した光が360度隅々に行き渡るようガラス表面に少しずつ斜角をつけながら特殊な研磨機でカッティング。
そうして生み出された、万華鏡のように絢爛な生き生きとした輝きこそが「クリスタル」ガラスと言われる所以です。

酸化鉛
By Ondřej Mangl – Own work, Public Domain, Link

その輝きに欠かせない「酸化鉛」。
バカラ社ではこの酸化鉛を全原料の30%以上含有させたフルレッドクリスタル(Full-Lead Crystal)を製造。
含有量が多いほど、前述した”屈折率の上昇”に加えて、”高い透明性”や指ではじいた時に響く”澄んだ音色”が生まれるのです。


そうしたバカラ社の技術を最大限に活かしたコレクションの一つが、ダイヤモンドの宝石の訳名を冠する「ディアマン・ピエルリー(Diamant Pierreries)」。
限りなく円に近い八角形のびょうくぎのような突起が画一的に並ぶ特徴的なデザインで、香水瓶や化粧箱、デキャンタ、グラス、平皿、深皿など多岐の用途にわたる日用品が作られました。1916年の公式カタログにも掲載された、バカラ社が誇るロングセラーシリーズです。
当社ではこの「ディアマン・ピエルリー」コレクションより、芸術的な深鉢を現在お取り扱いしております。

1916年刊『Compagnie des Cristalleries de Baccarat – Garnitures de Toilette』より:「Garniture Série Diamants Pierreries」(Public demain)from : Internet Archive

コレクション名の由来通り、ダイヤモンドの石が散りばめられたような壮麗な器は見るものを魅了してやみません。
裏面には社名BACCARATとともにDÉPOSÉと刻印されています。
このDÉPOSÉはロゴではなく、デザイン保護の目的でつけられた特許取得済みであることの証明。

1916年刊『Compagnie des Cristalleries de Baccarat – Garnitures de Toilette』表紙部分(Public demain)from : Internet Archive

面白いことに、バカラのブランドロゴがパリの商事裁判所で商標登録されたのは1860年10月のこと。
創業初期は、製造ラインやシステムが構築されていなかったことが理由のようですが、1764年の創業からおよそ100年の間、製品への刻印はほぼされなかったことになります。
パリでの商標登録後は、円の中央にワイングラス・デキャンタ・ゴブレットが描かれたロゴ入りのラベルが徐々に付けられるようになり、さらにドイツで商標を登録した1875年以降はすべての製品がラベル入りとなりました。
ところが・・・当時のラベルは何と紙製!
持ち主が故意に外したり経年による剥落でオリジナルの紙製ラベルが付いた製品は、大変残念なことに現在ほとんど実存しないと言われています。

やがて技術が進むと、1920年代より最初は香水瓶限定で、同図柄のトレードマークが紙製ラベルではなくエッチング彫りまたはサンドブラスト技法で入れられるようになり、続いて1936年以降にようやくすべての製品に「剥がれない」バカラの“証明”が義務付けられることとなりました。

image from: https://antiqueliquor1926.com/blogs/アンティーク-リカー/オールドバカラのブランドマーク-刻印の変遷について

現在は、赤箱や紙袋で見かける「Baccarat」ロゴがおなじみですね。
このシンプルな筆記体ロゴ(右図参照)は1990年以降に生産された作品にレーザーマーキング技術で入れられています。
伝統に甘んじず、努力を怠らない姿勢がバカラの評価を今日まで揺るぎないものとしています。 

 

 

技術の革新はとどまるところを知らず、現代では既存の人気商品に加えてコースターやキャンドルホルダー、クリスマスオーナメントなど実に多彩な製品を世に送り出しています。
成功に慢心せず、進化を止めない王者としての矜持を感じますね。
華々しい貴族文化が発展したロココ時代に花咲き、数々の苦難を乗り越え、今も窯を燃やし続けるバカラ。
麗しい輝きを放つクリスタルガラスは、その歴史の重みを彷彿とさせる至高の芸術品です。

(R・B)

【筆者プロフィール】 東京都出身。都内の大学を卒業後、ハワイ大学へ4年間留学。歴史学部卒業。その後、美術史に興味を持ちハワイ州ホノルル美術館でのガイド経験や国立西洋美術館でのインターンを経て、2012年学芸員資格を取得。翌年よりアトリエ・ブランカに入社、海外仕入補佐、作品解説等を担当する傍ら、スタッフブログを担当。2018年に結婚を機に一時アメリカへ移住。子育て期間を経て2024年12月よりブログを再開。

(参考文献)
https://www.baccarat.com/en_us/the-world-of-baccarat/history-the-alchemy-of-joy.html
https://antiquesarena.com/the-ultimate-guide-to-baccarat-crystal-history-identification-and-market-value/
http://www.pressglas.de/English_Homepage/Texts/About_Baccarat/about_baccarat.html
https://www.marcmaison.com/architectural-antiques-resources/baccarat
https://www.theglassgallery.com/blog/book/the-art-of-the-paperweight/chapter-3/
https://www.antiquemillennial.com/index.php/2024/01/29/the-history-of-baccarat-crystal-a-legacy-of-excellence/
https://www.expo2025.or.jp/
https://rauantiques.com/blogs/artists-bio/baccarat-bio
https://gc-guide.com/ogmf
https://antiqueliquor1926.com/blogs/アンティーク-リカー/オールドバカラのブランドマーク-刻印の変遷について