テストも学費も一切ナシ?!伝説的芸術学校ブラック・マウンテン・カレッジ

Black Mountain College(現Camp Rockmont内 本館外観)2007
撮影:Howard Morland/Wikimedia Commons(Public domain)Cropped.

こんにちは。
ブログをお読みいただきありがとうございます。

カナダからアメリカの南東部を貫く広大なアパラチアン山脈。
多くの観光客や自然愛好家を圧倒する雄大で風光明媚な景勝地です。

そのアパラチアン山脈の一部を成すブルーリッジ山脈の山間。
ノースカロライナ州の人里離れた僻地に、「芸術こそ基礎教育において最も優先するべきもの」という理念のもと、教師と生徒の垣根を越えて共同生活を営み、農作業や炊事、施設の増改築などすべての活動に積極的に関わり学びあった幻のユートピアが存在したのをご存知ですか?

その芸術学校の名は「ブラック・マウンテン・カレッジ」。

ロバート・ラウシェンバーグ、ウィレム・デ・クーニング、ヨゼフ・アルバース、マース・カニングハムといった20世紀を代表する芸術家らがここで学び、あるいは教鞭をとりました。

 

設立者の名はジョン・A・ライス。

当時勤めていた大学や米国大学教授協会の独裁的かつ権威主義的風潮に反発し職を解雇されたため、同じイデオロギーを持つ仲間とともに1933年にブラック・マウンテン・カレッジを創設しました。

教育の場には本来無関係であるべき学内の社会的序列やしがらみに嫌気が差していた彼らは、教師と生徒を対等に扱い、学校に関わる大小の決定事項に全員が意見を述べられるような非階層的組織を目指しました。

その校風は驚くほど自由で特徴的です。
まず入学試験はなし。
学期末試験も進級試験も卒業論文すらありません。
いわゆる学費というものはなく、自分で好きなように授業を選択しスケジュールを組む。
必修科目や最低限の取得単位もないため、自分の卒業したいときに校を去ることができるという、とてもユニークな学校です。

また、芸術作品を創り出すことに重きは置かれず、生徒たちは思想と探求の自由を尊重した多領域にまたがる実験的アプローチを積み重ねることを求められました。
数ある芸術分野の中でも特に、絵画・織物・彫刻・陶芸・詩・音楽・舞踊にまつわる科目に力が注がれ、生徒たちは食事時や自由時間などの寸暇も惜しんで民主主義やグローバリズムについてなど芸術の域を超えた多岐にわたる話題について意見を交わし合いました。
エネルギーに満ち満ちた、何とダイナミックな空間だったことでしょう!

 

アドルフ・ヒトラー(1936年ベルリン五輪)
Library of Congress(No known restrictions)

さて、ブラック・マウンテン・カレッジが産声を上げたころ。
世界は1929年に始まった大恐慌の影響により世界的な不況が続いていました。
また、第一次世界大戦後の文化的活況に満ちた「狂騒の20年代」は終焉を迎え、ドイツではあのアドルフ・ヒトラーが台頭。
第二次世界大戦の足音がゆっくりと、しかし確実に近づいていました。
ヒトラーが当時ヨーロッパで興隆していた「抽象主義」や「表現主義」、「キュビスム」、「ダダイスム」といったあらゆる前衛的なスタイルの芸術を【退廃芸術】と呼び弾圧したことは広く知られていますね。 

バウハウス・デッサウ校舎(1926)
Architect: Walter Gropius. Public-domain image (via Wikimedia Commons).

弾圧の対象となった一つが、ドイツで1919年に誕生したモダンデザインの学校「バウハウス」です。
抽象画家の巨匠ワシリー・カンディンスキーやパウル・クレー、家具デザイナーのマルセル・バイヤーらが教師として活躍し、造形芸術全般において多大な功績を残しましたが、ナチスの圧力により1933年に閉鎖を余儀なくされました。

しかし、“運命の歯車が回りだした”、のでしょうか。

バウハウスの閉校とブラック・マウンテン・カレッジの開校は奇しくも同じ1933年。
講師陣の一人で色彩研究の大家であったヨゼフ・アルバースと、テキスタイルデザイナーの妻アニは、バウハウスの閉鎖後に渡米すると、ブラック・マウンテン・カレッジで初代美術教師に着任。
今度はアメリカの地でバウハウスの原理に基づく教えを続けていったのです。

この時期にヨーロッパからアメリカに亡命したのはアルバース夫妻だけではありません。
更なる弾圧や抑制を恐れて、多くの芸術家や知識人がアメリカにわたりました。
ブラック・マウンテン・カレッジにはアメリカやヨーロッパの他、アジアやラテンアメリカからも若者たちが集い、それぞれの文化や思想が混ざり合う特殊な土壌を形成。
こうしてバウハウスのレガシーは、ブラック・マウンテン・カレッジというコスモポリタンな学び舎で受け継がれていきました。

多芸術領域にまたがる実験的手法を重視したブラック・マウンテン・カレッジ。
そこで学んだ学生らからは「コンバイン・アート」、「アクション・ペインティング」、「モダンダンス」、「アメリカン・スタジオ・クラフト運動」といった発想がのちに生まれ、特に1950年代以降のアートシーンに大きく影響を与えました。

 

興味深いエピソードが残っています。
1952年のとある夏の日の夕方、食堂はいつものように学生たちで賑わっていました。
作曲家のジョン・ケージは、異分野の芸術を学ぶ個々人が集まって同じ舞台で即興によるパフォーマンスを披露してみよう、というアイデアを思いつき、さっそく実行に移しました。
台本もリハーサルも一切ありません。
急遽集まった観客役の生徒たちにはコーヒーが提供され、スクリーンに映画が映し出されたらさっそく上演開始!
長方形の食堂スペースの四方八方を舞台にした、まさに“実験的“と呼べるステージの幕が開きました。

その空間では、

ロバート・ラウシェンバーグが蓄音機でレコードをかけながら絵を描き、

チャールズ・オルセンが梯子にのぼり自作の詩を詠み、

ジョン・ケージが音楽と禅の関係性について語り、

マース・カニングハムは犬と戯れながら観客たちの周りを舞い、

デイビッド・チューダーはピアノを奏でる・・・

決められたのはそれぞれに設定された時間配分だけ。
自然発生的に同じ空間で進行する、まさに“ハプニング”アートです。
アヴァンギャルドな表現方法でパフォーマンスアートの先駆けとなったこの作品はのちに「シアター・ピースNo.1」と名付けられ、20世紀の芸術史にとって大変意義深い作品となりました。

よほど鮮烈でアーティスティックな体験だったのでしょう。
この瞬間芸術の創作に参加した芸術家たちが、多くのメディアで当時のことを回想しています。

彼らは校を巣立ったのちも、お互いの創作活動に協力し合うなどブラック・マウンテン・カレッジで寝食をともにしたかけがえのない時間は、個々の芸術活動を充実するだけでなく芸術家同士の感覚を刺激し生涯にわたる絆を深めることに貢献しました。

こうして、アメリカンミッドセンチュリーを代表する先進的な芸術学校に成長したブラック・マウンテン・カレッジでしたが、その繁栄に少しずつ陰りが見え始めます。
徐々に資金繰りが難しくなると、運営方針をめぐる内部的な亀裂や生徒間の不貞などのトラブルも増加。
さらに、その特殊でやや閉鎖的な風土が連邦機関に警戒され、1956年にFBIが内部調査に踏み切ります。
そして残念ながら1957年、24年間という短くも実りある歴史に幕を閉じました。

ブラック・マウンテン・カレッジが存在した場所は現在、広大な敷地と自然豊かな環境を活かして、キリスト教団体が主催する青少年向けサマーキャンプの開催地となっています。
また、近郊の町アシュヴィルではブラック・マウンテン・カレッジ美術館が設立され、その膨大な資料やアーカイブの展示・管理・保存活動が今日も大切に続けられています。

(R・B)

【筆者プロフィール】 東京都出身。都内の大学を卒業後、ハワイ大学へ4年間留学。歴史学部卒業。その後、美術史に興味を持ちハワイ州ホノルル美術館でのガイド経験や国立西洋美術館でのインターンを経て、2012年学芸員資格を取得。翌年よりアトリエ・ブランカに入社、海外仕入補佐、作品解説等を担当する傍ら、スタッフブログを担当。2018年に結婚を機に一時アメリカへ移住。子育て期間を経て2024年12月よりブログを再開。

(参考文献)
https://www.ourstate.com/learning-the-black-mountain-way/
https://www.blackmountaincollege.org/
https://www.tate.org.uk/art/art-terms/b/black-mountain-college/black-mountain-college-john-cage-merce-cunningham
https://www.google.com/search?q=black+mountain+college+youtube&oq=black+mountain+college+youtube&gs_lcrp=EgZjaHJvbWUyBggAEEUYOTIGCAEQRRhAMgoIAhAAGAoYFhgeMgcIAxAAGO8FMgoIBBAAGIAEGKIEMgoIBRAAGIAEGKIEMgcIBhAAGO8FMgoIBxAAGIAEGKIE0gEINTIwNmowajmoAgawAgHxBWBowZSTnJy3&sourceid=chrome&ie=UTF-8#fpstate=ive&vld=cid:f0449d1e,vid:ManNYunSYkQ,st:0
https://www.mercecunningham.org/the-work/choreography/theatre-piece-1952/
https://greg.org/archive/2009/08/10/you-didnt-have-to-be-there-and-even-if-you-had.html
https://cas.appstate.edu/news/theater-piece-1-revisited-happening
https://medleyhome.com/blogs/gather/why-the-bauhaus-movement-was-so-important-for-modern-design?srsltid=AfmBOoqEtgFjjWAanW_KgW6C0-EKDzZHqtfMMo2gct-mIR-ToJ6VLhIv

Nesting Tables, Josef Albers 1926/1927 (Entwurf)


https://www.rauschenbergfoundation.org/art/artwork/monogram
https://www.mercecunningham.org/about/merce-cunningham/
https://www.blackmountaincollege.org/elaine-and-willem-de-kooning-the-summer-of-1948/
https://www.craftinamerica.org/artist/black-mountain-college/
https://www.studiointernational.com/starting-at-zero-black-mountain-college-1933-57