めくるめくエンターテインメント!きらびやかなレビューショーの歴史

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Photo by Lei Xu | Dreamstime.com

誰もが一度は観劇に訪れてみたいNYの街、”ブロードウェイ”。
絢爛豪華なネオンが瞬き、人々が束の間のステージに酔いしれるこの場所には大小40ほどの劇場があり毎夜様々な公演が行われています。

アルゴンキン族

今やNYの代名詞ともいえ、マンハッタン島を南北に走る目抜き通りであるブロードウェイはその昔、元々この地で生活をしていた先住民族であるアルゴンキン族が開拓した荒れ地道「Wickquasgeck Trail」でした。


ニューアムステルダムの眺望(古版画/17世紀中頃)

その後、17世紀初頭に入植したオランダ人がマンハッタン南部に植民地(ニューアムステルダム)を建設すると、この道はネイティブインディアンとの毛皮貿易や農業開発のために設けた北部の農地までを結ぶ交易路として拡張・発展。
さらにそののち、オランダ人植民者に代わり1700年代に台頭したイギリス人がニューアムステルダムをニューヨークと改称し、かつての交易路もBroad Way(=広い道)という新たな名前に。
港町マンハッタン島は海運業を基盤として劇的な経済成長を遂げました。


それでは、なぜブロードウェイは交易路から劇場街へと変化を遂げたのでしょう。
その起源は1750年にさかのぼります。
入植したイギリス人のWalter MurrayとThomas Keaneがブロードウェイ通りの一本隣に最初の劇場を建設。
常設劇団を旗揚げすると、シェークスピア劇を中心に上演し大きな話題を呼びました。

その後、アメリカ市民革命や独立戦争のため演劇などの娯楽は一時中断を余儀なくされたものの、19世紀初頭にはブロードウェイ界隈に続々と新しい劇場が登場し、ミンストレル・ショー(黒人風刺劇)やコメディ劇、英国バーレスク風の劇など様々なジャンルが誕生していくこととなりました。

こうして新たな文化として徐々にアメリカ大陸に根付いていったブロードウェイ。
その変遷を語る上で欠かせない3つのジャンルがあります。

 

「ミュージカル(Musical)」

現代のブロードウェイと言えば、その大多数の作品が「ミュージカル」と言っても過言ではありませんね。
ではミュージカルとはどのように生まれたのでしょう。
その出発点は、16~17世紀頃にイタリア貴族の間で流行し神話や歴史ものを題材にした音楽劇「オペラ」です。
しかし、シリアスで格調高い内容の多いオペラに対して、喜劇的で軽妙な題材が一部の観客に求められるようになり、庶民の日常を題材にした親しみやすい内容の「オペラ・ブッファ」という新しい形態が登場。
その後、「オペラ・コミック」や「オペレッタ」、「バラッドオペラ」と呼ばれる類似の軽喜劇がヨーロッパ各地で普及し、アメリカでも1850年頃からこれらの作品が上演されると、これらの作品がミュージカルの原型として発展していきます。

以降、”Elvis(1857年)”や”The Seven Sisters(1860年)”、”The Black Crook(1866年)”といった大ヒット作品が誕生し、ブロードウェイ繁栄の礎を築きました。

「オペラ」と「ミュージカル」。
どちらも歌とダンス、そしてセリフから構成されていますが、オペラは基本的にセリフが歌に織り交ぜながら語られるのに対し、ミュージカルはセリフと歌を区別しながらストーリーに合わせて展開されることが多いのが特徴です。

世界大恐慌や第二次世界大戦の影響により一時的な低迷はあったものの、「オクラホマ!」や「回転木馬」、「サウンド・オブ・ミュージック」など次々とヒット作品が上演されました。

 

「ボードヴィル(Vaudeville)」

Tony Pastor, 1837-1908

ブロードウェイ劇場街の活気が出始める中、より幅広い客層に受け入れられるようにと生まれた新しいエンターテインメント形態が「ボードヴィル」です。
いわゆる大衆演劇と称され、歌やダンスの他にアクロバットや動物曲芸など演芸的要素をふんだんに取り入れたショーで一世を風靡しました。
チャップリンなどの著名なハリウッドスターもボードヴィルの役者としてスタートしたそうですよ。
時の演者であり劇場支配人でもあったトニー・パスタにより、1881年にボードヴィル専用の劇場が建設され1920年代まで隆盛を誇りました。

 

 

「レヴュー(Revue)」

華やかで大がかりな舞台セットやキラキラと輝く衣装に照明など、まるで宝石箱のような目にもまばゆい世界が繰り広げられる歌と踊りを主体にしたパフォーマンスが「レヴュー」。
ミュージカルと違いストーリー性はないのが大きな特徴で、観客に与える視覚的インパクトを最も重視したエンターテインメントで多くのファンを魅了。
大胆な衣装をまとった若く美しい女性の踊り子たちが息ぴったりにシンクロナイズドされたパフォーマンスを披露する姿が大きな話題を呼びました。
アメリカ人興行師のフローレンツ・ジーグフェルドが仕掛け人となり1907年から1932年という長きにわたりロングランヒットを続けました。

 

どのジャンルも何の前触れもなく現れたものではなく、オペラを原点に時流の変化を汲み上げながら発展していった点が興味深いですね。

さて最後にご紹介した「レビュー」。

Florenz Ziegfeld Jr, 1867-1932

仕掛け人として前述したジーグフェルドは、シカゴで音楽学校を経営していたドイツ移民の父親を持ち、幼いころから広告や宣伝に興味があったそうです。
ある時、新しい事業に失敗した父親を救う目的で男性ボディビルダーの肉体美を売りにするビジネスを考案すると、これが功を奏し集客に成功。
“性的な魅力は収益につながる”と確信した彼は、女性団員たちで構成される舞台の演出家になることを目指します。
そして、彼自らが吟味厳選した女性たちからなる「ジーグフェルド・フォリーズ」を結成しました。 

その後、1907年には初のショーを開催。
容姿の美しさのみならず、卓越した歌声のコーラスラインも大評判!
この時代に活躍した出演者の一人ドロレス・コステロ(Dolores Costello)の孫はハリウッド女優のドリュー・バリモアとして有名です。


当時流行のフラッパースタイルや19世紀イギリスの挿絵画家ビアズリーを彷彿させるデザイン性の高いポスターによる宣伝効果も相まって、ジーグフェルド・フォリーズは一大センセーションを巻き起こしました。


ちなみに、「フォリーズ」の名前の由来はパリの人気ミュージック・ホール「フォリー・ベルジェ―ル(Folies Bergère)」。
マネやロートレックの有名絵画にも登場する老舗の劇場で、ジョセフィーヌ・ベーカーのバナナ・ダンスで一世を風靡し、パリの夜の象徴となりました。

フォリー・ベルジェールのバー《Un bar aux Folies Bergère》by エドゥアール・マネ wikipediaより

 

さて、アメリカでジーグフェルド・フォリーズが黄金時代を築いていた1920年代。

エレガントで蠱惑的なパリジェンヌの姿を描いた画風で知られるフランス人画家のルイ・イカールはNYで個展を開催するため、度々アメリカを訪れていました。

「椿姫」や「カルメン」を題材にした作品も残すなど幼いころから演劇志望であったイカールにとって、ブロードウェイでの観劇はNY滞在時の楽しみの一つだったことでしょう。
特に、流行のファッションに身を包み自立心に富んだ快活な女性像を得意としていたイカールは、華やかなレビューショーに新鮮なインスピレーションを得て、大作「フォリーズ」を描きました。

 

フォリーズ

女性たちの艶やかな肌、美声、一糸乱れぬ圧巻の群舞、そして観客との一体感が生き生きと伝わるようですね。

彼女たちは観客席に近い黒い緞帳の前で踊っているのでしょうか。
背景はイカールが得意とした「ソフトグランド・エッチング」という独特の技法を用いてレースのような精緻な質感が生み出されています。
銅版プレートの表面に塗布する防腐剤が固まる通常のエッチング(ハードグランド)に対して、ソフトグランド・エッチングは防腐剤が固まらず粘着性があるため、上から布や葉などを押し付けて模様を転写できるという応用性の高い表現技法です。

イカールは特にこの技法を気に入り、作品の背景描写に多用。
オペラやバレエの一場面を想起させる名作「オーキッド」や「リリーズ」などでは、ソフトグランド・エッチングの技術で主題に適した世界観を見事に表現しました。

 

こうして、大衆娯楽として劇的な文化的発展を遂げた「レビュー」。
1930年代になるとラジオやテレビの誕生、音声付映画などの音響技術の進歩により競争化を余儀なくされ、ボードヴィルやレビューなどの大衆演劇は徐々に衰退していきました。
しかし、舞台上で彼女たちが心から輝き「生きた」時間。
それは、20世紀初頭のアメリカ文化を体現した美しい瞬間芸術として、多くの人々の心に刻まれたことでしょう。

当店では「フォリーズ」ほかイカール作品を多数お取り扱いしております。
ご興味のある方はお問い合わせくださいませ。

(R・B)

【筆者プロフィール】 東京都出身。都内の大学を卒業後、ハワイ大学へ4年間留学。歴史学部卒業。その後、美術史に興味を持ちハワイ州ホノルル美術館でのガイド経験や国立西洋美術館でのインターンを経て、2012年学芸員資格を取得。翌年よりアトリエ・ブランカに入社、海外仕入補佐、作品解説等を担当する傍ら、スタッフブログを担当。2018年に結婚を機に一時アメリカへ移住。子育て期間を経て2024年12月よりブログを再開。

(参考文献)
https://historythings.com/the-history-of-broadway/

https://www.at-broadway-musical.com/information/about-broadway/

https://www.history101.nyc/places/broadway

https://www.reinet.or.jp/pdf/chihousousei/report/No28-2017feb.pdf

https://vocal.media/01/celebrating-the-life-of-legendary-artist-louis-icart