藤田嗣治 デッサンへの情熱

こんにちは。
ブログをお読みいただきありがとうございます。

藤田嗣治が生まれて140年。
彼の芸術が今、あらためて日本全国で新たな光を浴びようとしています。
この記念イヤーを迎えるにあたり、今年から来年にかけて各地で藤田を再発見する展覧会が続々と開催されています。

中でも注目すべき展覧会が、三重のパラミタミュージアムを皮切りにスタートし、現在SOMPO美術館で開催中の「藤田嗣治 7つの情熱」展(〜6月22日)。
その後、神戸、鹿児島、広島と巡回します。
さらに7月から、東京ステーションギャラリーで「藤田嗣治 絵画と写真」展が開幕予定。
他にも兵庫では国吉康雄との対比展示、軽井沢安東美術館の「ランス美術館コレクション」など、藤田の多面性を体感できる機会が続々と控えています。
(詳しくは 藤田嗣治 生誕140周年記念 特設サイト をご覧ください)

「7つの情熱」は藤田作品を7つの視点で読み解く展覧会で、「自己表現」「風景」「前衛」「東方と西方」「女性」「子ども」「天国と天使」という7つのテーマで区切られています。
1935年に銀座コロンバンのために描いた天井画など希少な大作から、版画の版木や銅板、絵葉書などの身近な作品まで。
実にさまざまな主題、さまざまな技法の作品が一堂に集められています。
展覧会図録に掲載されているカジミール・ビュイッソン氏の解説でも、多様な技法に精通していた藤田を讃えています。

藤田が渡仏した1913年、パリはまさしく芸術の都であり、大勢の画家たちが鎬を削っていました。
あまたの西洋人の中で自分が生き残るためには、何をすべきなのか?
彼は書いています――

私は彼地の作家の画を一通り眺めてみた。
でその時分は絵具をコテコテ盛り上げるセゴンザックという大家の流儀も流行っていた。
それじゃ俺はつるつるの絵を画いてみよう。
また外の者がバン・ドンゲンというような画を大刷毛で描くなら、俺は小さな面相、真書の様な筆で画いてみよう。
また複雑な綺麗な色をマチスの様に附けて画とするなら、自分だけは白黒だけで油画でも作り上げてみせようという風に、すべての画家の成す仕事の反対反対と狙って着手実行したのである。

藤田嗣治 著『腕一本』より

藤田が西洋の画家たちと異なる理由は、単に日本人であるからではありません。
この言葉からは、異文化の中で自らの生存戦略を築いた芸術家としての覚悟が伝わってきます。
藤田が選び取った道は、異国の地で生き抜くための確かな「戦略」でした。
これこそが、彼の作品に揺るぎない独自性を与え、西洋の巨匠たちとも肩を並べる存在へと押し上げたのです。

本展覧会では、ぜひ鉛筆デッサンや墨彩画の作品に注目してみてください。

「横たわる裸婦」 1953年 紙に鉛筆

素描とは一言にして言い替えれば線で描くことであって、これぞ吾等日本人の最も得意とすべきものであって、私自身でさえ素描で向かったならば必ずや欧米の人に勝ち得るだろうという確信を以て、しかも外人の使用する鉛筆またはペンなどの類を棄てて先祖伝来の毛筆で戦ったならという真剣さでデッサンを研磨したのであった。

同書より

藤田がデッサンに対する深い愛情と誇りを持っていたことがわかりますね。

毛筆による作品は、西洋の画家たちとは異なる独自の表現を生み出し、その線の強さ、柔軟さ、そして精緻さが作品に深みを与えました。
また、日本の伝統的な方法を選んだことは、藤田の芸術家としての独自性を際立たせました。
単なる技法にとどまらず、彼の文化的背景や自己表現の方法がしっかりと反映されており、その力強い線が彼の作品に生命を吹き込んだと言えるでしょう。

藤田の“面相筆”については、こちらの記事でも詳しくご紹介しています!
藤田嗣治が愛した面相筆

いま改めて、藤田の描く「線」に出会うことは、日本人である私たちが、芸術における独自性とは何かを考える貴重なきっかけになるはずです。
この140周年という特別な年に、あなた自身の視点で藤田と向き合い、その作品世界を体験してみてはいかがでしょうか。


 

弊社軽井沢店では「藤田嗣治と黄金時代の巴里展」を開催中。
藤田の希少な墨彩画、デッサン、版画、挿画本などをご紹介しております。

 

軽井沢にお越しいただいた際は、安東美術館の貴重なコレクションをご鑑賞いただくとともに、ぜひ当ギャラリーでも藤田嗣治の芸術に触れていただければ幸いです。

(K・T)