モチーフで読み解くシャガールの世界②

こんにちは。
ブログをお読みいただきありがとうございます。

約6年前、悲劇的な大火災に見舞われたパリのノートルダム大聖堂。
その修復作業の一環として、ステンドグラスを現代的な作品に差し替えようというプロジェクトがマクロン大統領主導のもと開催されたことをご存知ですか?
公募コンペの結果、ロサンゼルスを拠点に活動するフランス人女性画家クレア・タブレのデザインが選出されたことが昨年末発表されました。

The New York Times より

この事業にあたりステンドグラス制作を指揮するのは、名匠「シモン工房」。
フランス北部のシャンパーニュ地方に位置するランス(Reims)で1640年に創業された同工房は、シャガールが長年にわたりタッグを組み見事なステンドグラスを次々と生み出したことでもよく知られています。
新しいステンドグラスは、異なる言葉や文化的背景を持つ人々が聖霊の降臨を祝う新約聖書のエピソードをテーマにするそうで、その完成が今から楽しみです。

古来より宗教建造物を中心に用いられ、ガラスの窓を通る自然光で千変万化するステンドグラスは、神秘性と精神性を深く追求したシャガール芸術にとってはまさにうってつけの表現手法。
画業の後期になってから始められたにもかかわらず、シャガールは自身にとって新しい分野となるこの芸術の魅力に心酔し、精力的に創作活動に取り組みました。
彼が手がけたステンドグラスは各地で称賛を浴び、アメリカ、イスラエル、フランス、ドイツ、イギリス、スイスにある聖堂や教会、公共の建物で今も作品を見ることができます。
そして、前回のブログでご紹介したようなシャガールらしいモチーフは、絵画という芸術の枠を超えステンドグラスの意匠にもたびたび登場します。

⑤ 浮遊する人々や動物

あっちにゆらゆら、こっちにゆらゆら。
まるで重力から解き放たれたようにキャンバスやステンドグラスの中を漂う存在は、自由とイマジネーションの化身としてシャガールの芸術を導いてくれるもの、と言われています。
それと同時に、宗教的・人種的な抑圧や束縛の多かった現実からの“精神的な解放”や、特定の美術流派に組み込まれることを極端に嫌がったシャガールの”芸術的自由”を象徴していると読み解けるかもしれません。

シカゴ美術館HPより 同館所蔵 “1977年制作

⑥ おんどり

「シャガール作品に最も欠かせない動物」と言っても過言ではないでしょう。
男性性や愛の象徴とされているおんどりは、 “肥沃”や“豊穣”、“繁殖力”などを表すアレゴリーとして抱き合う恋人たちとともに頻繁に描かれました。
また、ピカソが牡牛を度々自身の姿として描いたように、シャガールもおんどりの姿に生まれ変わり、優しい愛で世界を包み込もうとしたのでしょうか。
慣れ親しんだ故郷の家畜の一つでもあったそうで、シャガールがおんどりに強いシンパシーを抱いていたことは間違いなさそうです。


⑦ 二つの顔や緑色に描かれた顔

シャガール芸術と言えば、二つの顔を持つ者や、緑色の顔をした人物が登場する摩訶不思議で独特な世界。
これにはシャガールの深層心理が深く影響しており、例えば二つの顔は“相反する感情“を表現しています。
1913年に描かれた「窓から見たパリ」(下画像)では、新天地パリへの期待を抱く左向きの顔の反対側に、故郷ヴィテプスクを郷愁のこもった目で見つめる右向きの顔が共存しています。

グッゲンハイム美術館HPより 同館所蔵 “Paris par la fenêtre” 1913年制作

また、シャガールは人物の顔を深い緑で色付けすることを好みました。
緑色は彼が幼少時から傾倒したユダヤ教一派ハシディズムの教義の中で「再生」を意味する神秘の光 ” Ohr HaMakif ” と結びつきのある色だそうで、その事実と関係しているのかもしれませんね。


⑧ エッフェル塔

誰もが一度はあこがれる芸術の都パリ。
シャガールは故郷ヴィテプスクやロシアのサンクト・ペテルブルグでの画家修業を経て、23歳の時にパリに渡りました。
パリに到着して彼が最初に目にしたもの。
それは街を見下ろすように燦然と輝くエッフェル塔だったのかもしれません。
「木が水を求めるように、私の芸術にはパリが必要なのだ。」と語ったシャガールにとって、夢にまで見たパリは自由そのもの。
その自由の街のシンボルであるエッフェル塔をシャガールは終生描き続けました。


97年という長いシャガールの人生には多くの別れや悲しみ、苦難があったことでしょう。
しかし、究極的なまでに詩的感覚に貫かれた彼の作品たちの中核をなす主題はいつも「愛」でした。
作品を見れば見るほど、その人生を知れば知るほど、たどり着けない境地にいるような気がして、また吸い寄せられるように眺めてしまう…シャガールは魅力の尽きない不思議な画家です。

(R・B)

(参考文献)
https://artsproutsart.com/symbols-and-characters-in-chagalls-art/
https://www.arsmundi.de/en/marc-chagall-collection-les-bouquets-de-fleurs-by-bernardaud-bowl-platter-porcelain-909096/
https://www.printed-editions.com/art-lounge/art-history-art-now/marc-chagall-signed-lithographs/#:~:text=Floating%20and%20Flying%20Figures,dreamlike%20quality%20of%20his%20art

Chinese New Year & Marc Chagall’s Rooster


https://artdependence.com/articles/symbolism-in-art-the-bull-in-picasso-s-guernica/#:~:text=Some%20critics%20have%20speculated%20that,witness%20to%20the%20horrors%20below

Looking at the Masters: Marc Chagall


ヤコブ・バール=テシューヴァ著「シャガール」(TASCHEN)