優美で可憐な絵本画家ウォルター・クレインの世界


こんにちは。
ブログをお読みいただきありがとうございます。

皆様は、子どもの頃に大好きだった絵本はありますか?
心に残っている思い出の絵本を、大人になった今も大事に保管されている方もきっといらっしゃることでしょう。

私にとって、そんな本の一つが『はらぺこあおむし』という絵本でした。
独特のキャラクターや明るい色遣い、穴の仕掛けなど子ども心をくすぐる要素がいっぱい。



その作者エリック・カールの回顧展が、現在、世田谷美術館で開催されています。
『はらぺこあおむし』の原画や原案見本などの他、カールの色彩感覚に多大なインスピレーションを与えたフランツ・マルクやマティスらとの比較検証。
さらにはクレー、カンディンスキー、マグリットなど巨匠画家たちの作品との意外なつながりも指摘されており、絵本画家の個展にとどまらない奥深い展覧会でした。
さて、今回ご紹介する作品も『はらぺこあおむし』のように、世代を超えて愛され、現在まで大事に受け継がれている絵本たち。

絵本の作者はウォルター・クレイン(1845-1915)。
今から100年以上前。
英国美術の黄金期と謳われる、ヴィクトリア朝下のイギリスで人気を博した絵本画家・デザイナーです。

ページを広げれば、まるでおとぎ話の中に入ってしまったかのようなロマンチックな世界。
きっと、当時の子どもたちを夢見心地にさせたことでしょう。

ウォルター・クレイン

細密肖像画家を父に持つクレインは、14才の時に父と同じ芸術の世界を志し木版画家リントンに弟子入り。 

最初に挿絵を手がけた作品の出来具合に舌を巻いたリントンは、当時イギリスで最も前衛的であった美術流派”ラファエロ前派”の画家や批評家たちにクレインを紹介します。
ラファエロ前派の芸術家たちとの交流からは優美な表現を、当時流行していた日本の浮世絵からは豊かな色彩感覚を学びながら、クレインは次第に独自の画風を開拓。
『美女と野獣』や『眠り姫』など、誰もが知る著名な童話の挿絵を次々と描き一世を風靡しました。
こうしたクレインの仕事に直接関わり、その絵本作りの感性に特に影響を与えた芸術家が、エドマンズ・エヴァンズとウィリアム・モリスです。

エドマンズ・エヴァンズは、当時同じく人気絵本画家であったケイト・グリーナウェイの作品を手がけていた版画の名刷師。
緻密で繊細な表現による装飾性の高い作品を得意としました。

またモダンデザインの父として日本でもよく知られるウィリアム・モリスは、アーツ・アンド・クラフツ美術工芸運動を率いたデザイナー。
機械生産による安価な製品が出回る近代文明の功罪を説き、芸術的な手仕事による「生活の中の美」を追い求めました。

彼らとの共同制作を通してクレインは、”活字も含めた作品全体の美しい調和”を重視するようになり、
この感覚は後年、私家印刷工房を設け「理想の書物」の出版のため翻弄した、ウィリアム・モリスの精神にも受け継がれていきました。

それではクレインが生み出した美しい絵本の一部をご紹介しましょう。


「花の宴」表紙

『花の宴』 - FLORA’S FEAST –

花の妖精たちが美を歌う華やかな様子が全40ページにフルカラーで描かれ、テキストから本全体の装丁に至るまですべてクレインによってデザインされました。

技法 :リトグラフ
制作年:1889年(初版)
出版 :Cassell&Company(ロンドン)


「パンパイプ」表紙

『パンパイプ』 - PANPIPES –

ギリシャ神話に起源をもつ木管楽器パンパイプの楽譜集。
恋愛にまつわる40曲が収録され、譜面を囲むように配置された人物や植物の装飾が美しく完成度の高い作品。

技法 :木口木版
制作年:1883年(初版)
出版 :George Routledge and Sons(ロンドン)


「フラワー・ウエディング」表紙

『フラワー・ウェディング』  - A FLOWER WEDDING –

擬人化された花々が、若い新郎新婦の結婚式のため集い、彼らに祝福を捧げる様子を描いた絵本。
『花の宴』同様、本全体の装丁をクレインが担当。
クレインらしい華やぎに満ちた作品に仕上がりました。

技法 :リトグラフ
制作年:1905年(初版)
出版 :Cassell&Company(ロンドン)


「黄色のこびと」表紙

『黄色のこびと』 - LE NAIN JAUNE –

原作は17世紀のフランス人女流作家ドーノワ伯爵夫人マリー・カトリーヌによるおとぎ話。
女王の娘に結婚を迫る性悪な小人と、王女を助けるため小人に立ち向かう王の物語をクレインがドラマティックな描写と鮮烈な色遣いで描いた作品。

技法 :木口木版
制作年:1875年(初版)
出版 :Cassell&Company(ロンドン)



美しい装飾性と雅やかな画風で観る者を惹きつけてやまないウォルター・クレイン。

稀少なクレイン作品は現在、ギャルリー・アルマナック吉祥寺で開催中の「ジューン・ブライド 愛と花束の絵画展」にてご覧いただけます。
19世紀後半に出版された初版の原本の他、絵本に収録されていた挿絵版画も展示・販売。


次の世代へと伝えていきたくなるような、普遍の美しさに溢れたクレインの芸術。
この機会に是非、触れてみてください。

(R・K)