20世紀の石版画芸術を切り拓いたムルロ工房


こんにちは。
ブログをお読みいただきありがとうございます。

先週より吉祥寺店にて開催中の「パリ、石版画の黄金期展」。
お天気に恵まれたゴールデンウィーク連休中、多くのお客様にご来店いただき、大変ご好評をいただいております。

さて、今回の展示テーマは「石版画=リトグラフ」。
その証に今回の出品作品をよくよく見ると、額装ギリギリの部分に「IMP.○○○」という文字が、ほら、ここにもあそこにも。

IMP. MOURLOT IMP. DELAPORTE IMP. CHAMPENOIS

IMPとはフランス語でImprimerie、つまり印刷所の略。
IMPのあとにはそれぞれの印刷工房の名が刻まれ、版画職人たちによって一版一版丹念に刷られたものですよと伝えるとともに、由緒正しき印刷所の刻印が付されることは画家にとっても名誉だったことでしょう。

1800年代終わりから1900年代中頃にかけて一時代を築いた石版画。
(その歴史について詳しく知りたい方はこちら
当時、多くの印刷工房が妍を競っていた中で、ピカソやマティス、シャガールなど時代を代表する巨匠画家たちから愛された特別な石版画工房を本日はご紹介しましょう。


“IMP. MOURLOT”

ムルロ工房と呼ばれたその印刷所の前身は、フランソワ・ムルロ(1828-1902)が1852年にパリに創業した、商業版画や壁紙を扱う小さな個人店「Mourlot Studios」でした。

しかし息子ジュール・ムルロ(1850-1921)の代になると、挿画本の制作や商業ラベルのプロデュースを手がけるなど経営を拡大。
時代を読む戦略により「ムルロ」の名は徐々に版画業界に広まっていきました。

そして、さらに芸術史に残る素晴らしい功績を上げた人物。
それこそが3代目のフェルナン・ムルロ(1895-1988)です。
彼は、父が販路を広げた版画事業をリトグラフの制作工房へと一本化。
ここに、IMP. MOURLOT(ムルロ工房)の名前が誕生しました。
また彼は、マティス、ピカソ、シャガール、ミロ、ブラック、レジェなど当時気鋭の現代画家たちを自らの工房に積極的に招待し、リトグラフの体験型講座、いわゆるワークショップを開催。
彼ら画家たちはムルロ工房で制作するリトグラフの質の高さに驚愕し、石版に直接描画できる自由度の高いこの技法にたちまち魅了されたのです。

そしてムルロ工房はフェルナン・ムルロの他、シャルル・ソルリエ(1921-1990)など天才版画職人たちと協同により次々と作品を生み出す流行の場と化しました。

マティスとフェルナン・ムルロ シャガールとシャルル・ソルリエ
ヴェルヴ35-36号

ちなみに、数々の美術書を手がけた出版人テリアードもこの工房に出入りした人物の一人。
38年間にわたり発行した美術文芸雑誌『ヴェルヴ』では、ムルロ工房で制作した最高品質のリトグラフを毎号収録していました。
20世紀を代表する多くの巨匠画家たちが情熱を傾けたこの歴史ある工房。
実は、創業から100年以上を経た今も、そのプレス機を回し続けています。

場所はモンマルトルからモンパルナスへ。
フェルナンの息子ジャック・ムルロ(1933-)が1997年に引退したことに伴い、現オーナーのパトリス・フォレスト氏がムルロ工房の経営権を取得。
名称もムルロ工房からイデム工房へと変わりましたが、代々受け継がれてきた伝統技術と革新的な理念はそのままに。
熟練職人たちと現代アーティストたちが今日も日々集う、創造の場となっています。

また、このイデム工房(旧ムルロ工房)は、昨年都内で開催された美術展でも注目された場所。
(美術展について詳しくはこちら

現在の工房内はどのようになっているのでしょうか。
昨年5月にパリを訪れた際、その様子を直接見学する貴重な機会に恵まれました。

工房エントランス
作業場へと続く廊下
壁に貼られた往時のポスターたち
工房内部の風景

 

製作途中の石版
石版が並ぶ棚
2階の踊り場から見える作業場
プレス機を回す職人

ここは100年以上にわたり新しい芸術のエネルギーが萌芽し、形となっていった工房。
歴史あるこの工房にインスパイアされたのは画家だけではないそうで、日本の能笛奏者が一定のリズムで回り続けるプレス機の音に魅せられ、ここでパフォーマンスをしたこともあるというから驚き。

伝統を守りながらも、どんな新しいことに挑戦していくのか。
ムルロ工房(現イデム工房)のこれからに期待させられるとともに、画家の創作活動を陰ながらに支える版画工房や職人たち。
その存在の大きさを改めて実感した時間でした。

今月の企画展「パリ、石版画の黄金期展~ミュシャからシャガールまで~」もまた、50〜100年前に活躍した版画職人たちに思いを馳せることのできる特別な場所。
是非、彼らの情熱と技術で制作された美しい作品に出会いにお越しくださいませ。

(R・K)