アール・デコ芸術とモンテスキュー小説の共演『”最後の”ペルシア人の手紙』


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ブログをお読みいただきありがとうございます。

今月ギャルリー・アルマナック吉祥寺にて特集している画家イカール。
ショートカットに流行の服を身にまとった、新しい時代のパリジェンヌを描き一世を風靡した画家ですが、1910-20年代当時、モードの発信地フランスのパリでは『ガゼット・デュ・ボン・トン』『アール・グー・ボーテ』など芸術性の高いファッション雑誌が興隆。
『ヴォーグ』や『ハーパーズ・バザー』、『ヴァニティ・フェア』など今なお続く老舗モード雑誌が相次いで誕生したのもちょうどこの頃でした。

ジョルジュ・バルビエやジョルジュ・ルパップ、シャルル・マルタンなど絶大な人気を誇り妍を競い合った著名なイラストレーターの中でも、特に『ヴォーグ』の表紙を1920年代から30年代にかけて担当した画家が、本日ご紹介するエドゥアルド・ベニート(Eduardo Garcia Benito, 1891-1981)です。

アール・デコ全盛期に活躍したスペイン出身の画家。
ベニートが表紙を手がける視覚効果の高い『ヴォーグ』は、パリジェンヌの心をたちまち虜にしました。

ベニート

スペイン中北部に位置するバリャドリッドで生まれ育ち、幼少時から非凡な画才を見せたベニートが名門美術学校であるエコール・デ・ボザールの奨学生としてパリに渡ったのは21歳の時。 

同郷のピカソやガルガーリョら芸術家を目指す仲間たちと親しく交流し、キュビスムやロシア構成主義の要素を吸収しながらやがて、自身の作風を徐々に醸成していきます。
特に、人物の顔を縦に引き延ばすデフォルメ表現は、親しい友人の一人モディリアーニの強い影響であると言われています。

コンデ・ナスト

やがて、『ガゼット・デュ・ボン・トン』の挿絵画家として頭角を現したベニートに舞い込んだ更なる飛躍のチャンスは、出版人コンデ・ナスト(1873-1942)との出会いでした。 

『ヴォーグ』や『GQ』、『ザ・ニューヨーカー』など現在も続く雑誌を発行する大手出版社コンデナストの創業者である彼は、ベニートの描くグラフィカルで斬新、そして格別にシックな図柄に惚れこみ、以後20年にわたりベニートのイラストをヴォーグ表紙へと起用したのです。
さて。人目を引く色鮮やかな画風で知られるベニートですが、本日は著名な文学作品になぞらえた、ちょっと変わった作品をご紹介しましょう。

もとになった作品とは、フランス啓蒙主義時代を代表する思想家モンテスキューによる小説『ペルシア人の手紙』。
パリを訪れた二人のペルシア人ユスベクとリカが、故郷と交し合った書簡という設定の小説で、異国人の目を通して語られる政治や風俗の描写を通して、当時のフランスの体制をユーモアを交えつつも暗に非難した1721年出版の処女作品です。

モンテスキュー

それから、およそ200年後の1920年。
当時人気の毛皮ブランドであったFourrures Max社は自社の宣伝のため、この偉大な思想家の小説に着想を得た挿画本の出版を企画。
その挿絵制作をベニートに依頼しました。

小説のエキゾチックなイメージからインスピレーションを受けたのでしょうか。
ベニートが描いた12枚の挿絵の多くはシェヘラザードやゲイシャなど東洋を思わせる人物。
そして、それぞれがFourrures Max社の毛皮を着こなす姿を描いたユニークな構成です。

序文

 

さらに、作品に序文を寄せた劇作家ザマコイスの文章を、ペルシアにいるユスベクに宛てた書簡という設定にし、挿画本につけたタイトルは『”最後の”ペルシア人の手紙』 。
細部に至るまで徹底したウィットに富んでいます。 

フォントや口絵もオリエンタルな雰囲気に仕上げられ、さながら実際にしたためた書簡のような完成度の高さ。
こうした、過去の文学や音楽、絵画作品などの再解釈はフランス語で「パスティーシュ」と呼ばれる表現方法で、批判的な揶揄である「パロディ」と異なり、対象作品へ敬意を示し礼賛する目的があります。

ベニートが描いたそれぞれの挿絵はポショワール版画と木版を併用した技法で刷られ、さらにところどころに金装飾を加えた豪華なつくりで、読者を魅了したことでしょう。

PRINCESS LOINTAINE NOAILLES DUC BOABDIL

こちら(上)は、全12点の挿絵から当店が先日入手した稀少な3点。
左から、有名劇「遠方の姫君」に登場するロワンテーヌ姫、フランスの名門貴族ノアイユ公爵、そしてスペインにあったイスラム王朝最後の君主ボアブディル。

いずれも、ゆったりとしたシルエットのファーをまとい、気品に満ち溢れた姿を細い筆致と抑えた色遣いのミニマルなアール・デコ様式で表現した点と男性の登場人物であっても、あえて女性に扮して描写されている点が特徴的です。

本作にその他収録された以下9点の挿絵はこちら。


全体に統一感がありながら、それぞれに個性があり、どれもとてもモダン。
額装すると、またぐっと雰囲気が際立ちます。

アール・デコ芸術のトップアーティストとモンテスキュー小説が融合した瀟洒な逸品。
インテリアの一点に、いかがですか。

(R・K)