サビーノ「ガラス女性像:TANAGRA」のご紹介

サビーノ「TANAGRA」
制作年:1930年頃
サイズ:W11cm×D6.5cm×H20cm


こんにちは。
ブログをお読みいただきありがとうございます。

世界屈指のルーブル美術館が所蔵する、世界中で最も有名な彫刻の一つと言えば、「ミロのヴィーナス」。
身体表現の随所に黄金比が採用され、最も美しい理想的な人間の体型であると言われています。

そして、その均整の取れたプロポーションとともに、完璧に美しく官能的ですらあるこのヴィーナス像。
制作されてからおよそ2300年を経た今も、美しい女性だと感じさせる圧倒的な魅力があります。

一体それは、なぜなのでしょうか。
その理由の一つは、このミロのヴィーナスには、人類が誕生してから現代まで変わらない、”女性らしさ”を決定づけるある特徴があるため。
その特徴とは、ずばり女性の肉体に特有のしなやかな”曲線美”です。

本日ご紹介するガラス彫像品「TANAGRA(タナグラ)」も、やわらかな丸みを帯びた女性のボディラインが麗しい珠玉の逸品。
まるで、衣をまとった天女が空から舞い降りた姿のようですね。

制作者は、フランスのガラス工芸家マリウス=エルンスト・サビーノ(1878-1961)。

シチリア出身のサビーノは幼少時に家族でパリへ移住。
木彫家を父に持つ彼にとっては、パリの工芸学校と美術学校へ進んだことはごく自然な選択だったかもしれません。

しかし、彼が当初興味を抱いた研究の対象はガラス工芸品の創作活動でなく、当時実用化まもない電気をいかにガラス製品に通電するか、ということであったというから驚き。
様々な事象に関心の高い、ユニークな感性の持ち主だったのでしょう。

第一次世界大戦が終わると、早速自らの姓を冠したガラス工房「Sabino」を立ち上げ、邁進。
1925年にはサビーノの代名詞ともなる、乳白色に輝くオパルセントガラスの作品を発表し、1920‐30年代のアール・デコ期に一世を風靡するガラスブランドへと成長しました。

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そのアール・デコと言えば、直線や幾何学的な造形デザインが特徴的ですね。
しかし、古代ギリシャなどから着想を得た古典的なモティーフを当世風に解釈する「ネオ・クラシック」スタイルも、アール・デコ芸術が好んだテーマの一つ。

サビーノはその貪欲な好奇心を武器に、この「ネオ・クラシック」様式にも挑戦。
今回ご紹介する「TANAGRA:タナグラ」は、サビーノがこうした古典に主題を求めた革新的表現の一つで、サビーノガラスの円熟期である1930年頃に制作されました。

さて、ではこの「タナグラ」とはどういう意味なのでしょう。

タナグラとは紀元前4世紀ごろに制作されたテラコッタ製の像のことです。
美しい女性や子どもの像を主題にした優美な彫像を多く残しており、主にギリシャのボイオーティア地方で発見されています。
その優品はルーブル美術館はじめニューヨークのメトロポリタン美術館なども所蔵されており、暖かみのある赤土のどこか素朴で親しみのある造作が特徴的です。

タナグラ像

このタナグラ彫刻が流行した時期が紀元前400年ごろであることも見逃せません。
この時期は古代ギリシャの彫刻史において人体表現が劇的に変化した時代。
その変遷とはどのようなものであったのかその歴史をたどってみましょう。 


アルカイック期

 

アルカイック期(紀元前700年~480年ごろ)
古代エジプト彫刻から影響を受け制作された、片足を前に出し両手を下げた像。
直立不動の姿勢は王や神の威厳さを伝えることに主眼が置かれたため、どこか堅苦しさを感じる印象。


クラシック期

 

クラシック期(紀元前510年~320年ごろ)
自然主義の考えに基づく、ナチュラルな所作を追求した時代。
身体の片側に重心を置く、コントラポストと呼ばれるポーズにより
今にも動きだしそうな臨場感が像に加わり、その後の西洋美術の基礎ともなった革新的な表現。


ヘレニズム期

 

ヘレニズム期(紀元前320年~紀元前30年ごろ)
クラシック期の人体表現をさらに推し進めた表現で、筋肉の弛緩や顔の表情の描写まで追求。
まるで命を吹き込まれたようにリアルで、バロック絵画のような劇的でダイナミックな迫力が特徴的。


 

サビーノは、タナグラ彫刻の優美な表現に古代ギリシャ彫刻史のクラシック期に誕生した、コントラポストの動きを強調することで、ゆるやかなS字を描く曲線で女性性を最大限に引き出すことに成功。
「ネオ・クラシック」様式による妖艶なオパルセントガラスの美女が見事に姿を現しました。

創業者マリウス=エルンスト・サビーノは、第二次世界大戦後、経営の一線から退き、残念ながら1978年にアメリカの会社により完全買収されてしまいました。
しかし、本日ご紹介したこのタナグラ像から溢れ出る凛とした美しさには、一時代を築いた創業者サビーノの揺るぎない誇りが今も宿っているようです。

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(R・K)