ミュシャ挿画本『トリポリの姫君イルゼ』のご紹介


こんにちは。
ブログをお読みいただきありがとうございます。

さて、当店で好評開催中の新春特別企画「ミュシャ展」。
遠方よりお越し下さったお客様もいらして、スタッフ一同大変感激しております。
やはりミュシャは根強い人気がある芸術家の一人ですね。

企画展では額装作品とともに、上写真にあるような挿画本や当時の文芸雑誌自体もご覧頂けます。
美術的な価値は当然のことながら、文芸雑誌の場合は、当時の社会思想や世相を反映した歴史的資料としての見どころもあります。
表紙や挿絵をミュシャが手がけた号は通常の何倍も売れていたんだとか。

技法:リトグラフ
制作年:1897年(仏語版)/ 1901年(ドイツ語版、チェコ語版)
部数:252部(仏語版)/ 800部(ドイツ語版)/ 200部(チェコ語版)

本日はミュシャが手がけた挿画本の中から『トリポリの姫君イルゼ』をご紹介しましょう。

この比類なく美しい挿画本が生まれたきっかけ。
それは、当時国民的人気のあった舞台女優サラ・ベルナールが主演した舞台「遠方の姫君」。
1895年に大成功を収めたこの戯曲をロベール・ド・フレールが小説化したのが本作品です。
128枚からなる全ページの挿絵と装飾デザインをミュシャが一人で担当しました。
それでは、豪華な挿画本の中身を見ていきましょう。


 

<物語第一章>
1140年、フランスのある田舎の村にジョフレ・リュデルという冒険好きの男がいました。
彼は羊飼いの娘と恋をし、結婚。生まれた男の子に自分と同じ”ジョフレ”と名付けました。
物語は、ジョフレの教育係であった村の神父、ペール・イブレールの回想という形で進んでいきます。

さて、ジョフレは敬虔なカトリック信者として育てられ、空想とロマンを好む青年に成長しました。
15歳の時に父が亡くなり、それから6年の月日が流れたある日。
彼は突然、美しい娘の幻影を見るのです。


<物語第二章>
ところ変わり、フランスから遠く離れたトリポリという国。ここには、イルゼという美しい姫君がいました。
姫君の父である国王は3人の青年を呼び、このうちの一人と結婚するよう娘を諭します。
彼女は仕方なく、その中の一人の青年との結婚を承諾するのです。
その夜のこと。
城で催された晩餐会に、ある青年貴族が招かれます。
フランスから巡礼のためトリポリ国を訪れていたその青年は、ジョフレの親友でした。


<物語第三章>
一方、フランスでは・・・
ジョフレが、巡礼へ行った親友の帰りを心待ちにしていました。
帰国した友人は、晩餐会で見たイルゼ姫のことをジョフレに話して聞かせます。

この話を聞いたジョフレは、その娘こそいつか幻で見た美しい娘であると悟り、早速、イルゼ姫のいるトリポリ国へ旅立ちました。
しかし、トリポリ国は遠い遠い彼方の地。
途中、様々な困難に立ち向かいようやく城に辿り着いたジョフレは重い病に冒されていました。

二人は出会った途端、お互いに待ち望んでいた相手だと確信しますが、イルゼ姫の介抱もむなしく、ジョフレは間もなく永遠の眠りにつきます。
イルゼ姫は悲しみのあまり、その後、修道院に入りその生涯を終えました。


という何とも切ない結末の恋物語なのですが、トリポリ国に向かうジョフレの旅の様子や、着飾ったイルゼ姫や王宮の人々などを描いたミュシャの挿絵が文章に華を添え、中世の遠い異国を舞台にした物語への想像力を掻き立てます。

そして特筆すべきは、2ページとして同じデザインのない装飾模様の多彩さ。
幾何学文様を構成するのは植物の他にも猫、魚、虫、鹿、竜、中には人間までも。
モティーフを繰り返すことでリズミカルな装飾と神秘的な世界観を生み出しています。

 

 

本全体に散りばめられた象徴主義的モティーフの一つ一つに、ミュシャから読者への秘密のメッセージが隠れているような気がしてなりません。
商業ポスターとは異なるミュシャの魅力を再発見できる珠玉の作品です!

(R・K)