東京都美術館「ウフィツィ美術館展」


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言わずと知れた芸術の都フィレンツェ。
英語名でFlorence:フローレンスと呼ばれるこの町の語源は、古代ローマ時代、花の女神フローラの町と名付けられたこと。

トスカーナ地方の小さな都市国家に過ぎなかったフィレンツェが、女神の名の語源にふさわしく大きく花開いたのがルネサンス時代であり、その文化的・経済的発展は「メディチ家」の興隆と共にありました。

フィレンツェを基盤に金融業や貿易業により富を蓄え、さらに15世紀に入り、政治面でも指導的役割を果たしたメディチ一族は文化的・学問的な素養が非常に高く芸術を庇護しました。

メディチ家以外でも、富裕な商人らは実力のある若き芸術家に惜しみない支援をするパトロンと呼ばれ、そうしたパトロネージ(芸術擁護活動)の元で次々と誕生した芸術作品が聖堂や市庁舎から私邸の一室を飾るようになりました。

イル・マニフィコ=豪華王と呼ばれたメディチ家のロレンツォは、華麗なパトロネージを展開。
特に画家ボッティチェリを寵愛し、多くの作品を描かせました。
有名な「春(プリマヴェーラ)」や「ヴィーナスの誕生」も、ロレンツォが当主の時代に制作された作品です。

また中世以来、商業や交易が盛んになったヨーロッパの都市では職業別に職人達がギルドと呼ばれる組合を結成。
画家は美術家組合に登録し、親方(組合の長)が複数の徒弟を携え工房を指揮しました。

大工房を率いる親方は、時に弟子の手を借りながらパトロンからの幅広い注文に対応。
そして、親方の工房で厳しい修業を積み一定の力を認められて初めて、一人前の画家としての活動がスタートできたのです。

現在、東京都美術館で開催中の「ウフィツィ美術館展」では、そうしたパトロネージと徒弟制度の元で成熟した、フィレンツェルネサンス期の至宝がずらり。
34年ぶりに来日を果たしたボッティチェリ作品を初め、アンドレア・デル・サルト、ブロンツィーノらの作品が集う見応えある展覧会です。



ギルランダイオ「聖ヤコブス、聖ステファヌス、聖ペテロ」

まず、最初の展示室で目を引くのがギルランダイオの描く聖人祭壇画。
ほぼ等身大でしょうか。
500年以上を経ているとは思えないほど鮮やかな衣を優雅にまとっています。
さらに、聖人の後ろに配された壁龕(くぼみの意)により奥行きが感じられますね。
遠近法を駆使した描き方はルネサンス芸術の特徴の一つでもあります。
この祭壇画の前で祈りをささげた信者は、まるで眼前に聖人たちが姿を現したような気持ちになったかもしれませんね。



ペルジーノ「哀れみのキリスト」

今回個人的に一番印象に残ったのはこちらの作品です。
ペルジーノ作のフレスコ画「哀れみのキリスト」。
フレスコ画は基本的に壁画のため、本来は場所を移せません。
しかし本作は、それが描かれた宗教建築物の解体工事に伴い消失を免れるため、壁から剥離されカンヴァス上に移動されたとのこと。
数奇な運命ですね。
フレスコ画は砂と石灰を混ぜた漆喰を壁に塗り、それが半乾きのうちに水溶顔料で一気に描く技法。 
石灰水が顔料を包み、空気中の二酸化炭素と反応して結晶を作るそうで、フレスコ画のマチエールは油彩やテンペラとは全く違います。
悲しみの場面にも関わらず、どこか穏やかで柔和な雰囲気を漂わせた本作。
フレスコだからこそ表現できた美しい世界です。



ボッティチェリ「パロスとケンタウロス」

続きまして、こちらは本展覧会の目玉でもあるボッティチェリの「パロスとケンタウロス」。
この作品の正式な解釈は分かっていませんが、恐らく半獣のケンタウロスは人間の本能としての肉欲の象徴。
そして、隣の女神パロス(ミネルヴァやアテナと同一神)は美徳の象徴。
ケンタウロスの髪をパロスが掴んでいることから、肉欲に対する理性の勝利であると考えられているそうです。
明確な輪郭線と優美で女性的な表現に、ボッティチェリや彼の師匠であったフィリッポ・リッピの特徴がよく表出されています。


フィレンツェルネサンス芸術を開花させたメディチ家。最後にご紹介するのは、その一族の肖像を描いた一連の小型細密画。
どれも15cm四方程のとても小さな作品です。
それぞれ、
① メディチ銀行繁栄の基礎を築いたコジモ・デ・メディチの孫ロレンツォ
② その弟で悲運の死を遂げるジュリアーノ
③ ロレンツォの孫で宗教改革の発端となった贖宥状を販売した教皇レオ10世
④ ジュリアーノの庶子である教皇クレメンス7世
⑤ 政治的手腕に長け、行政施設を統合したコジモ1世
 (彼が建設した行政庁舎が後のウフィツィ美術館)
⑥ コジモ1世の長男で錬金術を偏愛したフランチェスコ1世


これらは「愛の寓意」でも知られるブロンツィーノにより制作されました。
金属板に描かれているため、滑らかな筆致で発色が鮮やかですが、どこか無機質な冷たさを与えるようにも感じます。


ルネサンス芸術というとダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロがとかく脚光を浴びがちです。
しかし彼らが檜舞台へ登場する以前に、メディチ家の繁栄と芸術庇護のもとフィレンツェ芸術を栄華に導いたボッティチェリの影響は計り知れません。
彼の偉大な功績を改めて知ることのできた展覧会でした。

ボッティチェリ版画集

当店では、ボッティチェリが残した美しい絵画作品の稀少版画集を所蔵。
グーピル商会監修の元1907年に50部限定で制作された稀少な挿画本です。
ご興味のある方は是非お問い合わせくださいませ。
(版画集について詳しくはこちら

(R・K)